ラーメン生郎の伝説

吉祥寺にラーメン生郎というお店がありました。現在は閉店し、新しいラーメン屋さんになっています。このお店はさまざまな伝説がありました。


もともとはラーメン二郎

ラーメン生郎のオープンは1987年といわれています。もともとはラーメン二郎の支店でした。しかし、店主がラーメン二郎の本家と喧嘩別れをしたため、現在の店名になったと言われています。なぜ二郎が生郎になったのでしょうか。漢字に書いてみるとわかりますが、「生」という文字の中には「二」の文字が含まれています。ラーメン二郎という看板に、近所の大学生がテープでいたずらをして、「生」に変えてしまったようです。当初はラーメン三郎になったり、ラブメン二郎になったという説もあります。

三食生郎

ラーメン生郎は吉祥寺駅の北口を出て、五日市街道にぶつかったところを左折してしばらく歩いたところにあります。すぐそばには成蹊大学があります。安倍晋三首相の出身校としても知られます。成蹊大学の学生御用達の店であったようで、中には三食を生郎で済ますという強者もいたようです。さらにラーメン生郎は、往年のラーメン屋のスタイルを維持し、カウンターの上に小銭が散りばめられており、食べた分を自分で精算して、お釣りを持って帰るというシステムでした。店内撮影がオフィシャルには禁止されていため、実態が謎に包まれた店となっていました。

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