富山なぜ薬売る?

「富山の薬売り」といえば有名ですね。今も富山の製薬会社が存在します。このルーツはどのようなものなのでしょうか。


中国ルーツ

富山で薬が売られるようになったのは、越中に唐人の座ができたことにはじまります。これは16世紀の中ごろと言われていますから、江戸時代の前、安土桃山時代ですね。唐人とは現在の中国にいた人々ですから、日本海を渡って商売をしにきていたのかもしれません。彼らが売っていた薬を真似て調剤が行われるようになっていくのが江戸時代に入ってからになります。

研究が進む

江戸時代に入ると富山藩が生まれますが、収入源確保のための産業として製薬と売薬が行われるようになりました。薬は持ち運ぶにあたっては、コストはそれほどかかりませんが値段はある程度高値で売れますから、非常に効率の良い商品だったと言えるでしょう。さらに富山は立地的に、江戸はもちろん大阪や京都といった都市へのアクセスが比較的容易だったことも大きいかもしれません。地の利があったということですね。

輸出も?

さらに明治時代に近代的な西洋医学が輸入されると富山の薬は窮地に立たされますが、逆に海外に輸出をするようになり、それが収入源となっていきました。富山は常に国際的な都市としてがあったとも言えるでしょう。

    
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