早稲田校歌の「都の西北」とは?

早稲田大学の校歌の歌い出しは「都の西北 早稲田の森に」とはじまります。ここでいう都とはどこをさすものでしょうか?


東京の地図を見てみる

西北とは、北西と同じ意味でしょう。都から見て北西にある場所が早稲田大学ということになります。となれば、早稲田大学から南東方向に都があることになります。早稲田大学のある場所から南東へ目を向けると現在の、千代田区、中央区あたりが該当します。そこには、皇居もありますからまさに、東京の中心部であるといえるでしょう。そこが都であり、そこから西北へ目を向けた場所に早稲田大学が作られたのです。

昔は田舎だった?

早稲田大学のある場所は、いまでこそ東京都新宿区という都のひとつとなっていますが、かつては東京府豊多摩郡戸塚町という住所でした。東京市の外にある郊外の場所だったのです。早稲田大学のシンボルマークには稲穂が使われていますが、設立当時は田んぼが立ち並ぶ場所に学校があったのです。早稲田大学の前進となる、東京専門学校が設立されたのは、1882年、明治15年のことです。そのころは今とは異なり、東京という街はそれほど大きくなかったといえるでしょう。早稲田大学の校歌から、そうした時代の東京をうかがいしることができるのです。

    
コメント