京都なぜ空襲されない?

戦後70年の節目を迎えて、さまざまな戦争を回顧する新聞記事やテレビ番組などが放送されています。日本は、終戦間近となると各地の都市が空襲を受けて焼け野原となりました。その中で京都は空襲をされませんでした。これはなぜでしょうか?


文化財を守るため?

京都が空襲を受けなかった理由のひとつとして、文化財を守るためという説があります。京都には古いお寺や仏像、あるいは古文書などの文化財が多くあります。その多くが木製であったため、空襲をされてしまえば、すべて灰となってしまいます。そのため、空襲をされなかったといわれています。もちろん、これには異論反論もあります。

原爆投下の対象都市だった?

京都が空襲をされなかったもうひとつの理由として原爆の投下都市であったという説もあります。日本の象徴ともいえる文化財が多く残る京都に、戦争末期に原子爆弾が落とされることは日本人に精神的なショックを与えることもできます。さらに、京都は盆地で碁盤目状にできた都市となっています。そのため、街の中心部に原子爆弾を落とせば、その被害効果がどのようなものか、詳細にデータを取ることも可能となります。原子爆弾は放射能兵器が、どのような破壊力を持つのか、あるいはどのような健康被害が生ずるかといった人体実験の要素も兼ねていました。そのため、京都というのは立地として最適なものだったのです。

太平洋戦争末期、日本中の多くの都市が空襲を受けました。その中で京都が空襲をまぬがれた理由は2つの説があります。ひとつは京都には古くから文化財が残っているため、それを知っていたアメリカが空襲をしなかったという説です。もうひとつは、原爆の投下目標都市であったという説です。京都は盆地構造になっているため、原爆を投下して破壊力がどのようなものか、被害がどの程度与えられるのかといったデータを取るのに適した都市であったためとも言われています。

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