練馬大根はなぜ有名? 江戸時代で練馬が有名になった理由

練馬大根はなぜ有名なのか知っていますか? それは、江戸時代に練馬が有名になった理由に秘密があります。


江戸時代の練馬は畑だらけ

江戸西郊を見ると、練馬(練馬区)には畑が多く、蕎麦や牛蒡、薩摩芋などをつくっていました。なかでも有名なのは「練馬大根」で、練馬の地味が大根に適していたため、うまい大根ができました。練馬の農家のなかには、江戸の商家などから沢庵漬の注文を受け、漬物ができると馬に積み、届けたほどでした。

練馬大根の起源

この練馬大根の起源については、諸説あります。一説によると、五代将軍綱吉が将軍になる以前、館林城(群馬県館林市)主のころ、脚気を患い、苦しんだことがありました。名医の治療を受けても治らないので、陰陽師に占わせたところ、江戸城の西方、「馬」の字のつく土地で療養すれば治ると出た。

そこで綱吉は、練馬村に屋敷を建てて療養した。だが、ほとんどぶらぶらしているだけだから、退屈きわまりない。綱吉は暇つぶしに尾張(愛知県西部)から宮重大根の種を取り寄せ、農民の又六にあたえて栽培させたのです。

宮重大根は、根の三分の一ほどが地表に出て、その部分が緑色になります。甘味に富み、煮物にしたり、切干大根に適している大根です。やがて見事な大根ができたので、綱吉がこれを食べつづけたところ、やがて脚気は治ったといいます。

ただし、江戸庶民にも人気のあった練馬大根は、もともと練馬でつくられていた大根と、あとから植えられた尾張の大根とが、自然交配し、品種改良されたものと考えられています。当初は形もいろいろだったようだが、やがて特徴的な太い大根になったらしいのです。

こうして練馬は、江戸市中にも大根の産地として知られるようになり、有名になったのです。

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