政宗、厨房に入る

伊達政宗は派手好き&多趣味で知られる戦国大名ですが、その中には料理も含まれています。自ら献立を考えて厨房に立つこともあったほどです。現代にまで継承されている仙台味噌を開発したのは政宗だと言われ、当時からすでに藩の特産品でした。


●塩が財政を助ける

食へのこだわりはただの趣味の領域を超え、藩の財政を支えています。政宗は新田開発による米の増産だけではなく、塩田(海水から塩を採取する場所)の開発も積極的に行っています。新しい塩の製法が伝わったこともあり、塩田や焼き塩施設が整備されました。密造を厳しく取り締まり藩だけの専売としていたため、後には年間に三千両を稼ぎだす一大事業にまで発展しています。

●胃癌で死んだ政宗

このように食へのこだわりを見せている政宗ですが、どうも晩年は満足な食事ができなかったようです。食事をしてはむせかえることがあったらしく、彼の死因とされる胃癌と関係があったと思われます。

●死の前まで料理

それでも政宗は亡くなる直前、「日ごろの感謝を込めて」と自分でメニューを考案して食事会を開いています。ろくに食事はできなかったと思われるのですが、それでもこのようなイベントを開いたことを考えると、食事もさることながら多くの人が集まって和気あいあいと話すことも好きだったのかもしれません。

榎本秋『秀吉、家康を手玉にとった男 「東北の独眼竜」伊達政宗』ではこの料理のエピソードのほかにも、伊達政宗を様々な側面から描いています。興味が湧かれたらぜひご一読の程をしてみてはいかがでしょうか。

「秀吉、家康を手玉に取った男 「東北の独眼竜」伊達政宗(榎本 秋)」の詳細を調べる

    
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