独眼龍の誕生

伊達政宗は一五六七(永禄十)年に伊達家の十六代目の当主である輝宗と最上義守の娘・義姫の間に生まれました。そんな彼の生まれには、いくつか奇妙な物語が伝えられています。


■義姫の見た夢

義姫は文武を備え、忠孝心ある男児の懐妊を願掛けに湯殿山を訪れます。湯殿山は出羽三山の一つに数えられており、仏道の修行の場所ともなっていて、仏教徒の信仰の象徴とされているからです。それからしばらくしたある日、白髪の僧侶が義姫の夢に現れます。彼は彼女の胎内を宿にさせてほしいと申し出たのです。彼女は即答せず、夫と相談させてほしいと答え、その場では老僧との再会を約束するに留めました。

■「幣束」の意味は?

義姫からその話を聞いた輝宗は大層喜んで、もう一度老僧と会うことがあれば、必ず許可するように命じたそうです。そして、老僧は再び義姫の夢に現れます。彼女は夫の言いつけ通り老僧の願いを受諾。老僧は義姫に幣束(木の棒に折りたたんで切った紙や裂いた麻をつけたもの)を与え、消えてしまいます。

修験道では祈祷の際に幣束が使われます。幣束には神が宿ると言われるため、義姫が幣束を受け取ったということは、神が彼女の胎内に宿ったことと同義でした。その後、授かった子供が政宗です。幣束は梵天とも呼ばれることがあるため、幼い頃の政宗は梵天丸と呼ばれていました。

■「万海上人の生まれ変わり」!?

これとは別に、梵天丸を万海上人の生まれ変わりだとする話も存在しています。万海上人は仙台の青葉山というところで僧侶として修行をしていた人物で、彼は後の梵天丸同様に隻眼でした。隻眼は当時の民衆の間で神とされており、政宗の非凡さを感じた誰かが伝説を後々になって作ったとされています。政宗が三・四十代の頃に作られた話のようです。

榎本秋『秀吉、家康を手玉にとった男 「東北の独眼竜」伊達政宗』では政宗生誕にまつわるエピソードのほかにも、伊達政宗を様々な側面から描いています。興味が湧かれたらぜひご一読の程を。

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