武士の世を作った平清盛 - 平清盛とはどんな人物だったのか:前編

大河ドラマ「平清盛」で一躍有名になった平清盛。悪役として描かれているのが歴史の見方ですが、大河ドラマをみて平清盛の印象が変わった人も多いはず。武士の世は平清盛がいなければ成立することはなかったでしょう。実際、平清盛はどんな人物だったのでしょうか?


■平清盛のすごさ

平清盛は武家政権をスタートさせ、中央政界のトップについた初めての武士です。一族も官職を独占し、外戚政治による繁栄を作りました。平清盛は反逆児とも希代の名将とも言われていますが、平清盛がいなければ武士の世は成立しなかったのです。

■平清盛とは?

平清盛は、伊勢平氏の棟梁・平忠盛の長男として生まれました。平清盛は父忠盛によって一人前の武土に鍛えられ、瀬戸内の海賊を束ねて有力武士となり、中央政界に進出していきました。保元の乱、平治の乱などの合戦で目覚しい活躍をし、平家一門の栄華の基盤を築いたのです。平清盛はその後も、凄まじいスピードで出世を続けていきます。中納言、大納言と一気に官職をのぼりつめ、1167年には政権トップである従一位太政大臣に就任しました。また、30人足らずの公卿(公家の最高幹部) のうち16人を平家が独占していたこともあります。しかし、平氏の独裁は貴族・寺社・武士から大きな反発を受け、源氏による平氏打倒の兵が挙がる中、熱病で没したのです。

■平家没落の始まり

平清盛は病におかされ、51歳で出家することになりました。平清盛の妻時子の兄に当たる平時忠が、「平家一門でない者は人ではない」と名言を言ったのもこの頃です。平家の繁栄と共に、平家に反感を抱く人が出てくると、平清盛は、14-16歳くらいの少年300人を選抜し、赤い着物におかっぱ頭という格好をさせて京の街に放ちました。これは「禿髪」と呼ばれる密偵でした。平家の悪口を言う者がいれば、「禿髪」が家に押し入り、家を壊して逮捕・連行をしていたのです。平清盛は恐怖政治で、平家への不満の声を徹底的に封じ込めていました。この傲慢さから平家の没落は始まりました。

後編では、平清盛が悪逆非道と呼ばれた理由を紹介します。

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