日本文化がオワコンだったから!? 日本史上、遣唐使を派遣していた理由。

科学の発展や学問的な進歩により、日々新たな出来事が発見されている歴史。今の30歳と10歳でさえ学校で習った日本史は異なります。常に新たな情報をアップデートしなければならない日本史ですが、今回は遣唐使と日本文化の関係について調べてみました。調べてみると分かったのですが、遣唐使時代の日本文化はかなり遅れていたらしいのです。


■遣唐使時代の日本について

遣唐使とは?

630年から始まり、「白紙(894)に戻そう遣唐使」の通り894年に終わった遣唐使。日本から唐(中国)に使節団を送るというものですが、遣唐使を送る目的として大きかったのが情報収集です。特に海外情勢の把握や先進的な技術、仏教の経典等の収集が目的とされていました。

唐は凄かった!!

当時の唐は文明や制度がとても発展していた国でした。例えば、中央集権的な統治体制である「律令制」やそのための「科挙」、税制としての「租庸調制」を維持していました。また、後の宋や元の時代になっての商工業や文化の発展の下地を築いていました。

日本文化はオワコンだった!!

遣唐使を送っている時代、唐から情報を得ている時代において日本の文化は世界最古水準、つまりオワコンでした。文化的にも文明的にも遅れを取っていた故、遣唐使を派遣していたわけです。その結果、日本は唐の文明を吸収し追いついたのですが、唐が衰退していくにつれ遣唐使を送る意義を見出せなくなり白紙に戻してしまいました。その後、日本国内に活動を止めていたのは独自文化を育むには良い環境だったのですが、ますます内向きになる結果を招いてしまいました。

歴史から学べることは沢山あります。日本史にかぎらず、興味があれば他の国の歴史も学んでみるとよいかもしれません。

「本当は間違いばかりの『戦国史の常識』(八幡 和郎)」の詳細を調べる

    
コメント