小田原評定とはなにか?

小田原評定と呼ばれる言葉があります。かつてはそれなりに使われていたようですが、現在ではあまり聞くことがありません。ちなみに、これは「おだわらひょうてい」ではなく、「おだわらひょうじょう」と読みます。小田原評定とはどのようなものなのでしょうか。


長引く会議

小田原評定とは、小田原に住んでいた後北条氏を、豊臣秀吉が征伐に来たときに、どのように迎え撃つのかといった戦術会議を行ったものの、意見が分かれてしまい、なかなか結論が出なかったという出来事を指しています。これが現代の意味としては、いつになっても結論の出ない会議や相談といった意味で使われます。

悩み分かれる

小田原評定ではどのような議題があったのでしょうか。お城の中にこもって籠城するのか、あるいは外に攻撃に出るのか。さらには、いざ負けが確実になりそうだというときに降伏するのか、むしろ命を賭けた決戦をするのかといったことです。まるで正反対のことについて意見がずっと分かれていたことになるわけですね。このようなシチュエーションというのは現代においても当てはまるものがあるのではないでしょうか。さらに、当時は戦国大名に強い権限がありました。後北条氏がこれだと決めてしまえばそれが通らないことはありません。しかしながら、そのようなこともなかったわけですから、大名個人の性質に小田原評定の原因を求める声もあります。これを現代で言うところの上司や社長に当てはめると、なんとなく分かってくるという人もいるのではないでしょうか。

    
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