横浜ピジン語とは何か?

ピジン言語と呼ばれる言葉があります。これは、現地人と貿易商人など外国語を話す人々が最低限の意思疎通を行うためにできあがった言語です。例えるなら、英語では文法的に間違っていたとしても最低限の単語を並べれば意思が通じることがあります。それがピジン言語であるといえるでしょう。


横浜にもあった?

このピジン言語は日本語にも存在しました。それが19世紀後半に横浜で使われていた横浜ピジン日本語です。この言語が使われていたのは、幕末から明治維新にかけてです。当時、外国人の居留できる場所は限られており、横浜もそのひとつでした。横浜には中国人のほか、英語圏のイギリス人やアメリカ人などがいました。彼らの間で意思疎通のため簡単な日本語を用いていたのがピジン言語となったのです。

片言日本語

そこではどういった言葉が話されていたのかというと、今でいうカタコトの日本語だと思って良いでしょう。「ワタシ タベル ゴハン」といったようなものです。本来の日本語であれば「私はご飯を食べたい」というべきところですが、最初の並びでも意味は通じます。また、横浜ピジン日本語で有名な表現が、語尾に「アルヨ」をつけるものです。これは、現在では中国人が話すカタコトの日本語のイメージとして定着していますが、かつては中国人以外の外国人も用いていた表現でした。

    
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