激動の人生…平家の興亡を見届けた清盛の妻時子

激動の人生を送った平清盛の妻である時子。平家最後の壇ノ浦の合戦で、「浪の下にも都の候ぞ」と言い、孫である安徳天皇を抱き海中で入水自殺をした最後が有名です。そんな時子は平家の栄光から没落まで全てを見届けた女性でした。


■平時子とは

時子は、平清盛の正室です。清盛の最初の妻である高階基章の娘が長男の重盛を出産後亡くなり、時子は清盛の後妻となりました。清盛と結婚すると太政大臣にまで出世し、娘の徳子は高倉天皇に輿入れをしました。さらに徳子が皇子を産むと、その皇子が安徳天皇に即位したため、平家はわが世の春を謳歌した。時子は時の人となったのです。

■平家と時子の最後

その後、清盛が亡くなると時子の運命は暗転していきます。全国で源氏が挙兵し、平家は追い込まれていきます。ーノ谷の合戦では多くの縁者を失いました。そして、壇ノ浦の合戦では、孫である安徳天皇を連れて海中に身を投じなければならなかったのです。

最後の最後まで時子は気丈でした。知盛からの報せで最後の覚悟を決めた時子は喪服に着替え、三種の神器の神璽を脇に抱え、宝剣を腰にさし、まだ8歳であった孫の安徳天皇の手を引きました。安徳天皇が

「私をどこへ連れて行くのですか」

と問うと、時子は

「波の下に極楽浄土という結構な都があります。一緒に参りましょう(浪の下にも都の候ぞ)」と答え、手を合わせて念仏を唱える安徳天皇とともに海中に身を投じ、この世を去りました。

一族の栄光と没落は時子の人生にそっくり重なります。時子の人生はまさに激動だったのです。

「平家物語 マンガとあらすじでよくわかる」の詳細を調べる

    
コメント