台湾のガーリー文化の歴史

鄭鴻生(ていこうせい)による『台湾少女、洋裁に出会う:母とミシンの60年』(紀伊国屋書店)には台湾のガーリー文化というべきものが記されています。訳者の天野健太郎は龍應台(りゅうおうたい)『台湾海峡一九四九』をはじめ台湾に関する著作の翻訳を多く手がけています。本書では、著者が、洋裁とともにあった母のオーラルヒストリーをもとに、歴史的な事情をくみあわせながら、台湾の近代化の一端をていねいに描き出しています。


日本に洋裁を学ぶ

本書の主人公は日本統治下の台湾に生まれた、施伝月(しでんげつ)なる少女です。彼女は幼いころ、包装紙につかわれていた日本の女性雑誌の洋裁ページを見つけ、見よう見まねで服作りをはじめます。その後、日本人経営の洋裁店で修行を重ね、日本へも留学します。帰国後は、台南に洋裁学校を開き多くの教え子を送り出します。当時、台湾の女性服といえば、伝統的な着物か、学校や職場の制服くらいしかありませんでした。そこにオリジナルのデザインでオーダーメードで作り上げる洋裁文化を根付かせたのです。女性のおしゃれは、女性の自立や社会進出もうながしました。

服飾の歴史

その後、台湾の服飾文化は、オーダーメードから、既製品による大量生産、デザインの画一化の時代へと以降していきます。読者は、失われゆくものに対するノスタルジーをそこに感じることができるでしょう。

    
コメント