爆発のあった中国天津の歴史

大規模な爆発事故があった中国の天津は歴史的な街として知られています。先の第二次世界大戦中には、大規模な租界が置かれていたことで知られています。


租界とは何か?

租界とは当時は清であった中国国内に置かれていた外国人居留地です。租界の中は、中国ではなく、その国の法律が適用される一種の自由な空間でした。戦火をのがれた中国人が租界へ逃げ込むといったこともありました。

天津は北京の入り口?

天津は海に面した場所にあり、中国の首都である北京に隣接した街です。現在も、観光旅行では北京と天津がセットで扱われることも多いでしょう。天津は海運の要所であったため、外国の租界が多く置かれました。

天津は9カ国租界が設置

天津に租界を置いていた国は9カ国におよびます。その内訳は、日本、ロシア、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリア、ベルギー、オーストリア・ハンガリ帝国になります。現在も租界の跡地を歩くと、それぞれの国の様式の建物を目にすることができます。歴史のいったんがうかがいしれる場所となっているのです。歴史の教科書に出てくるイラストでは、欧米の列強が清国をピザのパイ生地を切るように分割している絵があります。実際、清朝の末期は、主要な場所は外国に占拠されていました。そうした歴史の象徴としての都市が天津租界であったということができるかもしれません。

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