ヨーロッパの大学の歴史【授業はラテン語?】

大学の歴史は11世紀から12世紀のヨーロッパに始まると言われています。その頃は大学の施設といったものはなく、学びたい人間が自然発生的に集まるような形であったと言われています。そこではすべての人間が台頭であり、上下関係もありませんでした。


専門家の養成

現在ではさまざまな学部がありますが、当初は神学部、法学部、医学部が主流とされていました。

神学部は中世のヨーロッパで絶大な権力を誇った神職者を要請する機関として、法学部は現在にも通ずる裁判官や弁護士などの法律家を要請する機関として、医学部は言うまでもなく医者の養成機関として機能していました。

さらに哲学を学ぶ学部と、総合的な教養を学ぶリベラルアーツ系の学部が組み入れられることになります。理系の独立した学部はなく、哲学部や教養学部の中に組み入れられていました。

現在では文系理系の垣根を取り払って総合的な学習を目指す学部学科も多くありますが、これは大学の起源にもルーツを求められるものでもあるのです。

授業はラテン語

大学はヨーロッパの各地に設立されましたが、教授や学生は各国の間を自由に行き来していたと言われています。そこで気になるのは言語の問題です。フランス語、ドイツ語、英語、イタリア語、スペイン語とさまざまな言語はどのように扱われていたのでしょうか?

実は中世のヨーロッパでは、大学ではラテン語が用いられていました。授業はすべてラテン語で行われるので、どの国へ行っても言語の障壁がなかったのです。

そのため、大学で学ぶ人間はラテン語をマスターする必要があったのです。

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