謎が多すぎるツタンカーメンの死の秘密

古代エジプトのファラオ(王)、ツタンカーメン。あまりに謎が多く、その謎を解明しようとした人が次々と死んでいったという“ツタンカーメンの呪い”という話は世界的に有名なミステリーですね。その中でも最も不思議なのが、ツタンカーメンが死んだ原因。時代とともに、分析技術が発達したことで最近になって新たにわかってきたことも出ています。


■死の原因は撲殺説から病死説へ

1962年のX線調査では、ツタンカーメンの頭部を分析した結果、何者かに頭を殴られて死亡したのではないかと言われている「撲殺説」があり、それがほとんど通説となっていました。ところが2010年にエジプト考古学研究グループがミイラをCTスキャンやDNA鑑定などで調査したところ、直接の死因は大腿骨の骨折と、マラリアにかかったことによる病死である可能性が高くなってきました。

■なぜツタンカーメンは死にいたる骨折をしたのか?

大腿骨を骨折してしまったツタンカーメン。大変な痛みで苦しんだであろうことは想像に苦しくないのですが、そもそもなぜ骨折してしまったのでしょうか。どこかからか転落・転倒してしまうなど、何らかの事故によるものかもしれませんが、誰かにケガをさせられたという可能性が消えるほどの死因ではありません。最新の技術をもってしても、他殺の可能性はまだ残されている状態なのです。

■ツタンカーメンを殺す理由を持つ者

ツタンカーメンを殺したのではないかと思われる人物は、主にツタンカーメンの妻、アンケセナーメン、側近のホルエムヘブ、そしてアイの3人です。ツタンカーメンの死後にファラオとして即位したのはアイ、さらにその後測位したのはホルエムヘブで、ホルエムヘブについてはツタンカーメンの妻だったアンケセナーメンを自分の妻にしました。ツタンカーメンは19歳と若く、周囲の人間が早く王位につくことを望んだのならば、かなりの年月を待たなければなりません。しかしこの3人とも、確固とした証拠はありません。また、アンケセナーメンについてはツタンカーメンの死後、棺に矢車草を置いたのは彼女だと言われており、他殺説の犯人としては微妙な気がします。

東京・上野の森美術館では2012年12月9日まで、ツタンカーメンの王墓から見つかった多数の副葬品などが展示されている「ツタンカーメン展」が開かれています。副葬品の美しさも見どころ。興味を持ったなら、一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

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