1993年の冷夏とは?

梅雨がなかなか明けない年というのがあります。2019年はまさにそうした年だといえるでしょう。しかしながら、過去には梅雨がまったく明けなかった年というのがありました。それは1993年の冷夏です。

なぜそうなった

1993年は、梅雨前線が長く日本にとどまり、特に東北地方は結果的に梅雨明けがしなかった年となりました。結果的にこの時点で戦後二番目に低い気温となりました。これでは夏の恒例行事であるプールや海水浴どころではありませんね。東北は米どころであり、米の収穫量が落ち込み深刻なコメ不足に陥りました。

原因は何だったのか?

この原因はなんであったのかといえば複数の要因があわさったといわれています。フィリピンのピナツボ火山が記録的な大噴火を行ったので、それによって梅雨があけないことに加えて日照時間が減り、冷夏となり作物の収穫量が減ったということにもなるでしょう。

平成の米騒動

この年は米不足におちいり大正時代に発生した米騒動に続く平成の米騒動といわれました。まず何が起こったのかといえば、米の価格が上昇しました。そのため、タイ、中国、アメリカから米の緊急輸入が行われました。しかしタイの米は、日本の米と違うタイプであったため、捨てられるといった痛ましい事件も起こりました。あまりにもタイ米の需要がないため、日本米とまぜあわせて販売するブレンド米の手法が取られましたが、こちらも効果を生み出すことはありませんでした。

翌年は猛暑だった

皮肉にも翌年は猛暑となり、米は昨年度をうわまる豊作となりました。日本人が米が食べられなくなると米を求めて走った騒動はわずか1年で収束してしまったのです。やはり長い目線でものごとをとらえておく、考えておくという必要はあるといえるでしょう。