アジアで初めて宇宙へ行ったのは誰?

宇宙飛行士の若田光一さんが国際宇宙ステーション(ISS)の船長に就任して2ヶ月が経とうとしています。若田さんの業績は日本人初であるとともにアジア人初の快挙です。しかし、宇宙に初めて行ったアジア人は日本人ではありません。


冷戦下の宇宙開発

第二次世界大戦が終了後、アメリカとソ連は戦火を交えないものの、激しい対立を繰り広げます。資本主義と社会主義というイデオロギーの対立とともに、宇宙開発競争も熾烈を極めました。

国家の威信という目的もありますが、宇宙開発は、偵察衛星やミサイル攻撃など軍事技術に直接結びつくものでもあったのです。その中で、ソ連と同じく社会主義国家であったベトナムからアジア人初の宇宙飛行士が誕生します。その名はファム・トゥアンです。

ファム・トゥアンはベトナム空軍の技術士としてキャリアをスタートさせ、その後、ソ連のガガーリン空軍アカデミーに入学します。そして、1980年7月23日に打ち上げられた「ソユーズ37号」に乗船し宇宙へ旅だったのです。

アジア人で2人目の宇宙飛行士

さらに翌年の1981年には、アジア人として2人めの宇宙飛行士が誕生します。ベトナムに同じく社会主義政策を標榜していたモンゴルの軍人であるジェクテルデミット・グラグチャです。

日本人の宇宙飛行士が誕生するのは1990年のことです。TBSの記者であった秋山豊寛がソ連の宇宙飛行船ソユーズに乗船したのです。

本来ならば毛利衛が、アメリカのスペースシャトルに搭乗し日本人初の宇宙飛行士となる予定でしたが、1986年のチャレンジャー号の爆発事故によりプロジェクトが順延となったため、秋山が一番となったという経緯があります。

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