絶望の国の幸福なウエンツ瑛士 -ゆとり世代の心のなか-

何時の時代も若者論は叫ばれるもの。「しらけ世代」「ロスジェネ世代」「ゆとり世代」「新人類」などなど若者には世代の数以上に多くのレッテル張りがなされてきました。2012年9月現在、20代前半の若者は「ゆとり世代」と言われていました。そんな彼らの心の中はどうなっているのでしょうか。日本の先行きが不透明な中、どう思い、何を考え生活しているのでしょうか。今回は『“絶望世代”は幸福でいいのだ』を元に、今
の若者の心の持ち方を解説していきます。


今の若者の考え方

小さな犠牲も許さない

本書によると「大きな幸せを求めるために、小さな犠牲さえも許さない」と書かれております。これは長年言い続けられてきた「何かを得るためには何かを捨てなければならない」と対立する考えであるとも言え、先月まで行われていたロンドンオリンピックに好例があります。水泳の北島康介選手はオリンピックで活躍するために犠牲にしたものはないと言い、同じく体操の内村航平選手は大好きなチョコを食べ、喫煙もしていると言いました。確かに、世界の頂点にいる人の例を挙げてもあまり意味をなさないのですが、他のアスリートを調べたら意外に「犠牲を払っていない」かもしれません。

「もっと頑張れ!」と上から叱られても理解できない

理念のなき業績アップに対して、いくら頑張れと言われても若者には響きません。というのは、多くの理由があります。もっと頑張れと言われて育った親の影響、若者が物事をしっかり考えるようになった、など。どのように頑張るのか、何故頑張るのかといった疑問を解決しないと若者は動かないでしょう。

お金がないことイコール不幸だと思わない

これはよく言われているように、お金ではなく、人間関係資本(ソーシャルキャピタル)に重きが変わったという話です。信頼や繋がりといった人間関係の蓄積が将来の自分への大きな財産となる考え方です。

「偽善と思われたら…」という発想は時代遅れ

「何か少しでも自分が役に立ちたい」というのはどの世代でも同じで、さらにもう一歩、その気持ちのままに動き出せる原動力を持つのが、今の若い世代。過剰な自意識や一種の白けとは既におさらばしている世代なのです。

実は本書の著者はタレントのウエンツ瑛士氏。モデルとしてデビューした彼は、タレントやミュージシャンとしてのキャリアも持っています。ですが、身体に通っているのは笑いを求める血。山崎邦正氏を師として仰ぎ、収録の際には毎回ネタを用意してくるストイックさ。時としては身体を張った笑いも取りに行きます。勉学に関してもデキる人で、休憩の合間に子役の勉強を見てあげるほど。調べれば調べるほど何か出てくる飽きさせない26歳の本書は古市憲寿著『絶望の国の幸福な若者たち』に似た印象を受ける一冊です。

『「絶望世代」は幸福でいいのだ!(主婦と生活社)』の詳細を調べる

    
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