少年法はなぜできた?

川崎で17歳から18歳の少年が、13歳の少年をカッターナイフで殺害するという凄惨な事件が起きました。この事件では、被害者少年の顔写真や人となりが多く報道されているのに対し、加害者の少年の顔写真や本名などが公開されないことが、バランスを欠いていると批判する声もあります。


少年法61条の壁

加害者の報道の匿名性が高まっているのは、少年法61条の規定があります。この条文では、少年が本人と特定できてしまうような内容を新聞に掲載することは禁ずる旨が記されています。しかし、これには罰則規定がありません。そのため、一部の週刊誌などは実名報道を行ったり、少年の顔写真を目線入りで紹介したりしています。

戦後の動乱期

そもそも少年法はどのようにしてできあがったのでしょうか。時代は戦後の混乱期にさかのぼります。この頃は、戦争で親や兄弟を亡くした浮浪児たちが問題となっていました。浮浪児たちは徒党を組んで、生きるために盗みなどに手を染める者もいました。さらに、食うや食わずの状態で食べ物を万引きしてしまう人もいます。もちろん、犯罪は犯罪という声もありますが。お腹が空いてしまいどうしてもおにぎりを一個万引きしてしまった、といった場合には、多少は汲むべき事情もあるでしょう。そうした少年たちの更生の可能性に重きを置いて、寛大な処置をしようということで少年法ができあがったのです。この法律の理念が時代に沿ったものであるかは常に議論が分かれるとことです。

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