マレーシア機(MH17)撃墜事件から約1ヶ月 首謀者をハーグ裁判所で裁く壁

2014年8月17日で1ヶ月を経過したマレーシア機(MH17)撃墜事件。現在も欧州安全保障協力機構(OSCE)による現地調査の国際監視が行なわれています。7月25日にオランダ主導の国際調査団による原因究明チームが組まれました。

一方、英「the guardian」紙が“Shaun Walker in Gorlovka”(2014年7月29日)報道で、渦中の親ロシア派指揮官の一人イゴール・ベスラー氏に命がけの独占インタビューを敢行しています。ベスラー氏は、撃墜事件の首謀者と目されるイーゴリ・ストレルコフ氏と並び鍵を握る親ロシア派指導者の一人。ストレルコフ氏は通称「狙撃手」と呼ばれ、ロシア情報機関のエージェントだったロシア当局とのパイプを太く持つ内通者。ベスラー氏は通称「悪魔」と呼ばれ、「極右」「ファシスト」としてジャーナリストやウクライナ軍兵士を投獄し人質を取る模様を同紙の取材記者達はベスラー氏の本拠地で目撃しています。

ウクライナ東部では、親ロシア派とウクライナ軍による内戦は激しさを増すばかり。一度ウクライナ国境付近から撤退させたはずのロシア軍が再び増備され、ドネツク、ルガンスク両人民共和国にはロシアからの支援物資が届けられ、コサックも参戦しているといいます。

この1ヶ月の間、国際司法でこの事件の首謀者に鉄槌を下すための動向はいかに進展してきたのか?国際司法を巡る議論の行方を追ってみましょう。


あくまでウクライナ領土内で起こった謀反集団による事件

最大犠牲者数が出たオランダの安全保障・法務省は未だ捜索されていないと疑わしき墜落現場周辺を特に注力して捜索しました。しかしオランダに収容・搬送後、残りの遺体は見つからなかったと8月9日に調査結果を公表しています。また、オランダと連携して遅ればせながら調査に乗り出したオーストラリアのトニー・アボット首相。アボット氏が派遣したオーストラリア特命全権大使アンガス・ヒューストン氏も8月14日に最終的な捜索を終え、「MH17墜落現場からは何ら犠牲者の遺体は見つからなかった」と悲劇的な結果を報告しました。

事件当初ウクライナ当局が傍受していたロシア軍諜報機関と親ロシア派の「撃墜」通話傍受記録や、マレーシア調査団から英国に渡り解析されたブラックボックス(フライトレコーダー・ICレコーダー)の通話記録という証拠品がありながら、マレーシア機の機体に切断された跡が残っていたことや、ウクライナ内務省アバコフ氏が指摘した「親ロシア派からロシアへとミサイル発射台が移動するのを確認した」という証言からも明白なように、親ロシア派によるものとみられる証拠隠滅行為がはびこっていました。

野曝しにされていたはずの遺体は、その収容と搬送のため国際調査団が近づくこともできないように親ロシア派が数々の妨害手段に出て時間稼ぎをしてきたために、各被害当事国の調査団が国際裁判にかけるために必要な証拠を得ることを難しくしてしまったのです。

事件の首謀者と目される親ロシア派が活動する「ドネツク人民共和国(DPR)」では、戦闘状態の収拾がつかず、事件当初自称首相だったオレクサンドル・ボロダイ氏から8月8日にオレクサンドル・ザハルチェンコ新首相に交代しました。

テロリストとみなされる親ロシア派は国際法上は「私人」であるため国家の「相当の注意義務」が問題となりますが、国家の過失責任も同時に問われます。その場合、「ドネツク人民共和国(DPR)」に帰属するか否か、そもそも「ドネツク人民共和国(DPR)」が国際社会に「主権国家」としてみなされる「領土」「主権」「国民」「政府」の条件を満たしているのか、司法制度自体が存在するのかさえ疑わしい域を出ません。

オランダにあるレイデン大学の航空宇宙法国際研究所の専門家ワウター・オウデ・エーリンク氏は「(今回のマレーシア機に)搭乗した298人の命を奪った撃墜事件は、ロシアとウクライナ両国が批准している1944年11月に作成された国際民間航空条約(シカゴ条約)に違反していることに加え、国連憲章第51条にも違反する行為だ」と指摘しています。「Associated Press」“U.N. rights chief : Flight 17 possible war crime”(2014年7月29日)のメール取材によると、「(親ロシア派が)謀反集団であるということは、極論で言えば、(DPRではなく)未だウクライナの領土で起こった事件だとしか見做されていない」というのです。

ロッカービー事件判決とイラン航空機(IR655)撃墜事件判決の教訓

では、同じくレイデン大学のカースターン・スタ―ン氏は国際刑事法の専門家として、この事件をいかにみているのでしょうか?2つの前例をみていくことにしましょう。
「最も近しい前例の一つとして、1988年のロッカービー攻撃が挙げられる。」とスタ―ン氏は指摘しています。すなわち、1988年12月にリビアの陰謀でテロによってパンアメリカン航空の機体が爆破され、スコットランドのロッカービー村居住区に墜落し、地元住民を含む270人が死亡した事件を指しているのです。

1992年にリビアはこの事件を機に、米国の制裁措置がモントリオール条約(民間航空不法行為防止条約)違反であるとして、国際司法裁判所に対し、制裁措置をやめるよう仮保全命令を出すことを求めて提訴しました。ですが、国連憲章103条「国連憲章に基づく義務とその他の国際法に基づく義務が抵触する場合、国連憲章に基づく義務が優先する」と国連憲章25条「国際連合加盟国は安保理の決定を受諾、履行することに同意」の判断で、国際司法裁判所はこの訴状を棄却しています。

その後オランダ国内のハーグ駐留米軍基地にスコットランド租借地を設け、スコットランド法に基づき特別スコットランド刑事裁判所でリビアが引き渡した容疑者を裁くこととなりました。

ユダヤ人弁護士と裁判官の国際連合による機関誌「Justice」(2009年春46号)によれば、この時リビアは1996年まで外国主権者免責法(FSIA)に「テロの例外」としてテロリズムを支援する唯一の国家だとは把握されていませんでした。

米国務省によって重大なテロ組織としてイラン、イラク、スーダン、北朝鮮のように96年当時からブラックリストに載せられていたわけではなかったのです。

この時リビアはテロ支援国として初めてみなされ最終的に270億円の支払いに応じています。うち40%はリビアに対する国連の制裁措置を中止させるため、残りの40%と20%は米国の貿易制裁を解除するためと米国務省のテロ支援国家ブラックリストからリビアの国名を削除させるためにそれぞれ使途したのです。

「Associated Press」”Long odds for justice in Malaysia jet disaster”(2014年7月24日)によれば、このようにマレーシア機撃墜事件でも「ロシアがテロ支援をしていた攻撃なり、幇助なりを明らかにさえできていれば、マレーシアは市民のロシアに対する主張を国際裁判所に持ち込むことが同じくできていたことだろう。そのことは1988年に起きたイラン航空機(IR655)が米海軍のミサイル巡洋艦ヴィンセンスに(イランのF14戦闘機と間違われて)事故で撃墜された時のように解決策と(被疑者国籍国)賠償金を支払わせることができていたはずだ」とスタ―ン氏は重ねて述べています。

この事件が審議された国際司法裁判所の1988年7月3日の公判記録によると、国際司法裁判所は、テロ行為を含む飛行中の安全性を損なう行為を犯罪と定めたモントリオール条約第1条、第3条違反であり、第10条(1)「締約国は、国際法及び国内法に従い、第1条に定める犯罪行為を防止するためあらゆる実行可能な措置をとるように努力する」ことにも抵触することだと判断。

米国が違法性阻却事由として国連憲章第51条の「集団的自衛の固有の権利」やILC国家責任条文「第21条自衛」の合法性を主張したことに対し、仮に米国がイラン民間航空機(IR655)ではなく、イランF14戦闘機と認識したという主張を認めるとしても、イランの戦闘機であれば、イランの領空域内で指令指揮をしただろうから、米国が飛行機を撃ち落とす行為自体が違法であったはずだ。

また、ヴィンセンスがイランの海岸警備隊から妨害を受けていたという議題をたとえ持ち出したとしても、イランの領海を侵犯した状況で武力行使を含む防衛手段を取る権利を何も持ち合わせていない。さらに唯一の疑問は、物理的に民間航空機と戦闘機では速度が違い過ぎるため見極めは明白であるため誤認するなど考えられず、F14戦闘機は米艦隊を過去に攻撃するために使われたという前例がただの1度もないことから、米国の主張は正当なものではないと真っ向から論破して金銭賠償の判決を下しています。

もう一つの争点 国際刑事裁判所(ICC)「ローマ規程第30条」

これまで見てきた過去の2判例は「国家」を裁く国際司法裁判所のものですが、それと併設してオランダのハーグには、本件の親ロシア派のような各国家の思惑から独立して国際法上、最も重大な犯罪を犯した「個人」を裁くための初の常設国際刑事裁判所(ICC)があります。1998年7月に「国際刑事裁判所のためのローマ規程(以下、ローマ規程)」という設立条約が採択され、2002年7月に同規程が発効して発足。2014年には122カ国が批准していますが、マレーシアは未だ批准していません。マレーシア本国では本件の司法に関わる動向をどのように報じているのでしょうか?

バンコクに本部を置く国際刑事裁判所連盟(CICC)は、マレーシアがローマ規程を批准するようこれまでに幾度となく政策提言を行なってきました。

ニューヨークの地球規模問題に取り組む国際議員連盟(PGA)によれば事件当初「もしマレーシアとウクライナが国際刑事裁判所にとって締約国だったら、そのローマ規程は適用されてきたであろう」とみていました。申し立てられたマレーシア航空機(MH17)の撃墜事件は両国双方の領空に関わる問題だからです。つまり「ウクライナの司法権と航空機の領空は、マレーシアの司法権における拡張された国家の領空でもある」という事実を示していました。

国際刑事裁判所(ICC)が管轄権を行使できないのは、犯罪地国および被疑者国籍国がともに非締約国であり、かつ裁判所の管轄権行使を認めないときである。(*注1)という問題を孕んでいるからです。

マレーシアのニュース媒体「Malaysiakini」”Global NGOs tell Malaysia to sign Rome Statute”(2014年7月25日)によれば、PGAの事務総長デイヴィッド・ドナット・カッティン氏は「『故意と認知』は今回の事件が『ローマ規程第30条』で取り上げられるべき戦争犯罪だと明白にされる必要があるので、国際刑事裁判所(ICC)は必然的に十分過ぎるほど十分に調査を行なうことができない状況になっている」と指摘していました。

これはすなわち、MH17撃墜事件の首謀者を裁くには「ローマ規程第30条 主観的な要素」における「故意性」をもってして裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪の刑事上の責任を有するものであり、その犯罪とは「ローマ規程第5条」で定義された「第8条 戦争犯罪」に規程される行為第2項(b)の(ⅱ)「民用物、すなわち、軍事目標以外の物を故意に攻撃すること」に該当すると明白にする必要があると解釈できるのではないでしょうか。

最も、この議論に否定的な専門家の見解もありました。米右派紙「THE WALL STREET JOURNAL」“Will the MH17 Disaster Be Prosecuted as a War Crime?”(2014年7月22日)によれば、英ロンドン北部のミドルセックス大学の国際法教授のウィリアム・シャーバス氏は「標的にされた市民は戦争犯罪に相当するが、マレーシア航空機が故意に標的にされたとは考えにくいとする見方は今も正しいように思える。それが不注意によるものなら、その時それはただの事故になる。」と指摘しています。このような反駁はロシアのレトリックとしても使われているようです。

しかし、第2項で見てきたようにロシア側がこの種のレトリックを用いようと、「自衛のための戦争」を主張しようと、前例となる近しい2件の判決がそれを覆す確かな根拠となるのではないでしょうか。

今回はマレーシア航空機(MH17)撃墜事件の首謀者を国際刑事裁判所(ICC)でいかに裁くか、証拠品の調査状況から実現は厳しいものの、ロシア側のレトリックを打ち崩す国際司法の壁を巡る議論の動向をみてきました。

限りなく黒に近いロシア当局を国際司法裁判所(ICJ)で裁けずとも、首謀者と目される親ロシア派という「個人」を国際刑事裁判所(ICC)で裁く仕組みもある中、証拠不十分などで、実際に有罪判決が下されたのは2012年3月14日のコンゴ民主共和国の事態について、国内武力紛争における戦争犯罪(児童兵の徴集若しくは編入又は敵対行為のための使用)を裁いたルバンガ事件が初の判決です。このように遅々たる結果しか未だ残せていない司法の機能が発展途上である問題をどう変革していくかが問われていると言えるでしょう。

一方、私たち日本人とICCの関わりはいかなるものなのでしょうか。日本は、2007年5月11日に国際刑事裁判所(ICC)に対する協力等に関する国内法を整備。同年10月1日にICCローマ規程に加盟しています。

2014年で122カ国が加盟するICCの資金拠出額のうち、日本は17%以上を担うトップドナーで、日本人判事を送り出し、規則作りにも力を入れているというファクトがあります。

2013年3月19日にはオランダのハーグで開催された国際刑事裁判所(ICC)被害者信託基金(TFV)理事会で、日本の法務省法務総合研究所国際協力部長兼外務省国際法局国際法課検事の野口元郎理事が同信託基金理事長に選出されています。野口氏は元カンボジア・クメール・ルージュ特別法廷最高審裁判官として、被害者賠償に取り組んだ実績を持つ人物。ルバンガ事件を受けて2012年8月には同事件に係る被害者賠償に関する決定も成され、TFVの活動に注目が集まっています。

ローマ規程がその前文で「国際犯罪について責任ある者に対する刑事裁判権を行使することが全ての国の責務であること」を謳っている以上、国連人権高等弁務官のナヴィ・ピレー氏が「戦争犯罪」と糾弾した今回のマレーシア機撃墜事件のような悲劇に正義の鉄槌が下されるための司法の機能を活かしていくことこそを私たちは解消していくべきなのではないでしょうか。

「入門国際刑事裁判所 紛争下の暴力をどう裁くのか(アムネスティ・インターナショナル日本 国際人権法チーム編)」の詳細を調べる」

(*注1)伊藤哲朗(2003)「国際刑事裁判所の設立とその意義」『レファレンス』、2003.5、p.19 http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200305_628/062801.pdf

    
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