福島県知事選にみる福島県民の思いと 東電株主代表訴訟の行く末を変える 「吉田調書」誤報の意義

現職の佐藤雄平知事(66)の任期満了に伴い、3.11後初となる福島県知事選が2014年10月9日告示されました。26日に投開票されます。福島県知事選の立候補者は、いずれも無所属の新人で、元福島県副知事の内堀雅雄氏(50)、元福島県双葉町長の井戸川克隆氏(68)、牧師の五十嵐義隆氏(36)、元岩手県宮子市長で新党改革が支持する熊坂義裕氏(62)、コンビニエンスストア店長の伊関明子氏(59)、建設会社社長の金子芳尚氏(58)の6名。

2期8年知事を務めた佐藤雄平氏の事実上の後継とみなされる内堀氏は、自民・民主・公明・社民が相乗り支援しています。選挙戦では、除染への取り組みや住民の生活再建、風評被害や健康不安への対応などの復興の在り方を含む、今後の原発政策を巡る論戦が予想されます。

選挙告示前、その熊坂氏と2014年9月25日に東京都参議院会館で、関東圏に避難している福島県民との対話集会が開催されていました。その席で内部被爆について猛勉強してきた福島県民からの質疑に対し、熊坂氏がいかに具体的に誠意を持って応じられたのか?に注目して報告します。福島の3.11被災当事者は、これまで国、東電、県にさえも内部被曝の健康影響に対する情報を隠蔽されてきました。福島県民はなによりも「正確な情報の全面開示」と「迅速な健康被害への対処政策」を求めています。

また、大手メディアの間ではあまり報じられなくなった東電株主代表訴訟も2014年9月11日の朝日新聞社の誤報謝罪会見後、政府が「吉田調書」全文公開に踏み切ったことによって、今後の法廷での闘いが変わろうとしています。3.11事故直後に隠蔽された情報の全容解明こそが、当然知らされるべき当事者の「知る権利」に応えるジャーナリズムの権力対峙の責務を果たす役割のはず。

「吉田調書」誤報を単に狭義のメディア論で片付けていいのか?今回は真実を知らされるべき当事者の受け止め方を中心にこの問題をみていきましょう。

「原子力ロビーとの闘いに覚悟はあるのか?」福島県民の思い

熊坂義裕候補の出馬公約には「卒原発社会(再生可能エネルギー)」への転換と原発事故に関するあらゆる情報の全面開示が謳われています。福島県民の医師である氏自身の行なってきた「寄り添いホットライン」という24時間体制の電話相談の経験から「原発事故子ども被災者支援法」の理念に則り、放射線を避けて暮らす権利を保障すると熊坂氏は謳っています。 

しかし、筆者の見聞した限りでは熊坂氏は対話集会に集った関東圏避難福島県民からの質疑に対し、放射線について医学的に断定できないため「分からない」という言葉を多用していました。そのことに神奈川県横浜市に避難している福島県民の男性は「健康被害は『分からない』ではなくて、『分からないようにされている』のが実態。原子力ロビーに徹底的に封じ込めようとされている」と集会で発言。

「分からないとさっきから仰るけれど、県民はみんな当事者として猛勉強して既に現実を知っている。基準を作ることが重要だというが、ICRP(国際放射線防護委員会)なのか、WHO(世界保健機関)なのか、IAEA(国際原子力機関)が定めた基準の数値なのか知らないが、国や県が安全だとしているものに県民は騙されてきた事実を知っている。県民は一体どこを信じればいいのか。自分たち(大人)のことはまだしも、子供の命をいかにして守っていけばいいのか。近隣県にも被害が出ている。5人に1人は鼻血が出ている。まずはそうした現実に起きている事実を直視しているのかどうか。原子力ロビーとの闘いにお覚悟はあるのか?」と舌鋒鋭く切り込んだのです。

また別の避難福島県民の女性も「福島に帰ると、周り中が病気だらけ。心筋梗塞を発症したり、突然亡くなるという事態が起きている。」と訴えた上で、「その辺のごくごく普通に暮らしている福島のおばあちゃんと話すと、『なぜこの人がこんなに詳しいの?』と思うくらい原発や被爆についての知識を持っています。」と選挙に厳しい審議眼と期待をもって熊坂氏に語っていました。熊坂氏を支持する勝手連の賛同人に名前を連ねる梓澤和幸弁護士もこの対話集会に駆けつけ、「医師はよく『分からない』と仰るが、政府の言っている断定的に『甲状腺は関係ない』というのと、医学的に『分からない』ではなく、『患者に寄り添います』と言ってほしい」と叱咤激励していました。

その県民の声にしかと耳を傾けた熊坂氏は、選挙告示後に県内の原発を巡り各候補が県内全基廃炉で一致する中、ただ一人、全国の原発再稼働反対の意向を表明しました。

「吉田調書誤報は朝日潰しの口実」佳境に入った東電株主代表訴訟

熊坂氏と避難福島県民との対話集会が行なわれた同日、東電株主代表訴訟原告と弁護団は第13回口頭弁論を行なっていました。

遡ること2014年7月31日に東京第五検察審査会(検審)は東京電力の勝俣恒久元会長(74)、武藤栄元副社長(64)、武黒一郎元副社長(68)を起訴相当と議決。小森明生元常務は「不起訴不相当」の判断を下しました。これは2013年9月9日に東京地方検察庁公安部が不起訴とした3.11の福島原発事故業務上過失致死傷容疑などで告訴、告発された被告人の違法性阻却事由を検審が覆したことになります。

この日の争点は2014年5月20日朝刊付で報じられた朝日新聞の「吉田調書」スクープを受けて、政府が公開に踏み切った「吉田調書」から浮かび上がった新事実。2014年9月16日「『吉田調書』私はこう見る」記者会見の席で、東電株主代表訴訟弁護団共同代表の河合弘之弁護士は次のように指摘しました。

「朝日新聞が吉田調書という調査報道をしなければ、そんなものがあるというその存在自体を(私たちは)知らなかった。勝俣(恒久元会長)は『15mの津波が来ると聞いていなかった。知らなかった。』と言っていたが、吉田調書が出てこなければ、(勝俣氏は)実際には津波が来るということを何回も聞いていたなどという真相は闇に葬られていただろう。」と述べました。まさにその新事実が吉田調書に書かれていたのです。

2014年9月25日第13回口頭弁論における弁護団の追及は次の2点。

「吉田調書」に記載のあった吉田所長から勝俣被告、清水被告に対し「20年の6月、7月ころに話があったのと、12月ころにも貞観とか、津波体制、こういった話があれば、それはその都度、上にも話をあげています。」(甲76の36頁)との新たに発覚した事実の指摘。

「少なくともこれらの点について『不知』又は報告が『実際上もなかった』という認否ないし主張をすることは、それ自体嘘以外の何ものでもない。」と被告勝俣氏及び被告清水氏の善管注意義務・忠実義務違反した(任務懈怠)の点。

また武藤氏が津波対策を指示されたものが先送りされただけでなく、甘い調査結果を出した土木学会に期日も指定せずに再調査を丸投げした。これを武黒、勝俣、清水、小森の4氏が追認したと見られる供述があった点です。

「東電株主代表訴訟」事務局長の木村結氏は「吉田調書が公開されたことで私たちはいよいよ法廷での追及を強めていこうというところ。朝日新聞の吉田調書問題は誤報でもなんでもない。吉田所長が『退避』という言葉を使ったのを「撤退」としたという言葉の取り違えの問題であって、GM(グループマネージャーの略で現場責任者)まで2エフに退避してしまったのは明らかに現場が大混乱していた証拠。残った70人足らずでは事故を起こした4基の原発の制御などできなかったのです。所長の指揮系統すら大混乱していた事実を隠蔽するために『吉田調書報道』そのものを潰そうとし、原発再稼働に向けて駒を進めようとしているのです。」と安倍政権を批判し、今後の法廷闘争の行く末を大きく変えることになった朝日新聞「吉田調書」報道の重要性を評価しました。

福島原発事故全容解明へ一石を投じた「吉田調書」誤報の意義

「吉田調書」誤報は、朝日新聞社トップが謝罪したとはいえ、政府が「吉田調書」全文公開へ踏み切る契機となりました。この事実は3.11福島原発事故全容解明への一石を投じたことには変わりなく、狭義のメディア論に終始させていい問題ではありません。

これまで国や東電、県にさえも情報を隠蔽されてきた福島県の被災者や「放射能から子どもを守ろう関東ネット」を始めとする自主避難者こそが「当然知らされるべき情報の当事者」です。また2014年8月20日に発生した広島県土砂災害、9月27日の御岳山噴火と災害の頻発する日本の市民にとっても原発立地県では特に、他人事と忌避できない真相を暴いたものだからです。

今、日本の主流紙媒体の読売新聞、産経新聞や、週刊新潮、週刊文春を始めとする週刊誌などが一斉に一局集中化して朝日新聞を叩きに叩いています。2014年9月12日に木村伊量朝日新聞社社長ら取締役トップが「吉田調書」並びに「慰安婦問題」の誤報謝罪会見を行ったことで、そのバッシングはより一層強まる一方でとどまることを知りません。

9月26日には、中山武敏弁護士を始めとする平和と人権・報道・原発問題などに関わる弁護士9名が「吉田調書」報道記事問題についての申入れを朝日新聞社「報道と人権委員会」(PRC)に対して行ないました。

申入書によれば、朝日新聞が5月20日付に「東電社員らの9割にあたる約650人が吉田所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」と報じた記事の主な根拠として、

  1. 吉田所長の調書
  2. 複数ルートから入手した東電内部資料の時系列表
  3. 東電本店の記者会見内容

の3点だったことを明示。「命令違反で撤退」したかどうかは解釈・評価の問題であり、「同記事全部を取り消すと全ての事実があたかも存在しなかったものとなる」ことを弁護士らは危惧しています。

「週刊現代」(10月11日号)によれば、米スタンフォード大学アジア太平洋研究センターのダニエル・スナイダー副所長も「今回のヒステリックな朝日叩きは、日本における言論の自由の危機、デモクラシーの危機、歴史的事実の危機という『3つの危機』を露呈させた。今の日本で起こっているのはまさに「言論テロリズム」だ」と公権力の隠蔽体質をこそ監視すべき、朝日新聞の調査報道の萎縮を憂慮しています。

なにより「吉田調書」スクープに携わった朝日記者の一人が誤報以前から警鐘を鳴らしていたのは、「世界」(2014年1月号)「東電テレビ会議映像記録から『言論圧殺法』を考える」という記事から、「もし柏崎刈羽原発の原子炉建屋に溜まった水素が爆発する危険性が高まったとき、東電は『新潟県民が騒ぐから』と、情報を隠蔽するのかどうかだ。」ということです。当該朝日記者は「福島原発事故の検証は終わっていない」と主張する新潟県知事の泉田裕幸氏に、2011年3月14日8時40分35秒から始まる東電テレビ会議映像記録から見て取れる、福島県知事の佐藤雄平氏のようにはなってほしくないということを強く危惧していました。

たとえ佐藤知事が「国」や「東電」に対し情報開示を迫り、渋々丸め込まれたというのが真相であっても「国」と「東電」による「情報隠蔽のお先棒を担ぐ形になる」ような事態になることを他県のトップが繰り返すことだけは絶対に避けるべきだと朝日記者はみているのです。「情報隠しに協力するよう要請があった際、どうしますか?」と泉田知事だけではなく、原発立地地域の首長は等しく問われるべき問題だという点を当該朝日記者は強調していました。

今年9月に原子力規制委員会が九州電力の安全対策基本方針を許可し、川内原発1、2号機の再稼働に向け動き出す中、同じ質問を鹿児島県知事の伊藤祐一郎氏にも問いただすべき議論の俎上に載せることが求められているのではないか。それは次期福島県知事にも向けるべき言質だということは明白です。

調査報道で隠蔽された情報を見抜き、安倍政権と東電という公権力こそを監視すべきメディアが一蓮托生となって朝日新聞だけを一局集中攻撃し、朝日潰しに走る今のメディアの在り方の方が不健全ではないでしょうか。

朝日バッシングへ世論が傾き、国、東電、県が隠蔽してきた情報の全容を解明するという本来のジャーナリズムの意義が不明瞭になっています。それに伴い情報を「持たざる者」だった福島県の被災当事者の方たちの次期福島県知事選へ託す思いが見えにくい社会形成。また東電と法廷で今なお繰り広げる当事者の方たちが向き合う原発事故全容解明と損害賠償の責任追及へ向けた闘いも、朝日バッシングに埋もれて見えづらくなっています。改めて今、当事者は何を思うのでしょうか?

「原発事故被害者の救済を求める全国集会」事務局は朝日の「吉田調書」誤報問題を受けて、「真実を真実として発表できる社会を目指してほしい。」とした上で「子ども・被災者生活支援法という良い法案がせっかくできたので、是非全面に押し出す候補者の方に新しい福島県知事になっていただきたい」と団体としての総意を述べました。

参考本

「福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞(日野行介)」の詳細を調べる」

    
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