マスコミの建前を考える

マスメディアには日々建前の言葉が溢れています。それは、多くの人が目にするがゆえに、できる限り誤解のないような表現するという好意的な見方もできるでしょう。一方、自分たちが何かの情報を発信することによって、それによって誤解を受けて欲しくないといった思いも感じられます。そこにあるものはメディアとして情報を発信する権利の放棄というべきものかもしれません。


その姿を批判する

そのようなマスメディアの姿を批判したものが加地伸行による『マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる人々』(飛鳥新社)です。最近のマスコミは建前を垂れ流してはいないか、さらには、自分たちは批判精神の持ち主であるという自覚のままに、対案なき国家批判を繰り広げていないのか。そうした思いから本書は作られたのでしょう。

どうすればいいのか?

著者は中国の古典に通じた人物です。そのような人物からしてみれば、マスコミで垂れ流されるコメンテイターの言葉は、本当に真実をとらえているのだろうか、深みを持ったものなのかといった疑問を持つことは当然ではあるでしょう。何よりも、著者の怒りはそこにあるマスコミが言葉を言いっぱなしであること、無責任な姿勢への批判や違和感があると言えます。もっと自分の言葉に責任を持つべきなのではないか、著者はそうしたことを問いかけているのではないでしょうか。

    
コメント