シリアの化学兵器廃棄 実現なるか 懸念材料を巡る米露イラン各国の思惑

2013年8月21日に発覚したシリアの化学兵器使用疑惑を巡り、シリアの同盟国であるロシアと米国間で外交駆け引きが続いています。国連調査団が「アサド政権側が使用した」との証拠を得た後、シリアのバシャール・アル・アサド大統領は「米国が費用を負担するなら、化学兵器を引き渡してもいい」とその態度を軟化させています。

9月12日からの3日間に及ぶジュネーブでの米露会談後にジョン・ケリー米国務長官とセルゲイ・ラブロフ露外相間で「2014年半ばまでに化学兵器廃棄目標」の合意を固めました。これを受け、シリアのカドリ・ジャミル副首相も英ガーディアン紙の取材に対し、「欧米からの内政干渉や民主主義路線転換なくして、シリア人自身が決定権を持てる方法で停戦提案を行う」と応じました。

しかし、わずか3日後の22日未明、在シリアロシア大使館があるダマスカスのバーブ・トゥーマで反体制派主力テロリストによる迫撃砲砲撃事件が起きました。数人のシリア人が死亡、多数の重傷者が出たのです。地元シリアニュースは、攻撃を仕掛けたのは米国の支援を受けているアルカイダ系のテロリストだと報じています。

9月24日からニューヨークで開催されている第68回国連総会「ハイレベル会合」でも、シリアの化学兵器廃棄へ向けたシリア和平会議「ジュネーブ2」の実現を目指し、米露の舌戦が火花を散らしています。

しかし、実は今年5月にも米露間でシリア和平会議の開催案も一度は合意されていました。当時の反体制派の要衝クサイルをシリア軍に奪還され頓挫するなど、戦況次第では、再びシリア・アサド独裁政権が約束を反故にすることも考えられます。今回はテロという懸念材料から見える、米露両国の思惑を探ってみましょう。


米露外交駆け引き第一戦はプーチン露大統領の勝利だが…

ロイター通信コラムニストで米国の政治学者イアン・ブレマー氏は「プーチンはスノーデン問題でも、シリアでも、ソチでも勝っている…だが、それが何だ?」を執筆しました。記事によると、「シリアに関しては確かにプーチン氏はバラク・オバマ米大統領を悪者に仕立て上げたことは事実だ。ロシアは外交で主導権を握り、米国の軍事介入の大義を弱小化させていき、オバマ氏の外交政策の立場を徐々に衰退させてきた。」とプーチン氏の米露外交駆け引き第一戦での勝利を認めざるを得ないと綴っています。

しかし「ロシアは、アサド独裁政権との結びつきをより強めただけだ。アサドは戦争犯罪に継続的に手を染め、地球上の全ての先進民主主義諸国に極悪非道な独裁者だと考えられている。」「その(外交上の)勝利とは、アサドよりも数少ない諸国が望んだ勝ち以外の何の意味も持たないのだ。」と冷淡に結論付けています。ロシアがシリアの同盟国である理由は2つあります。

1.経済
2.イデオロギー

です。戦略的国際問題研究所ロシア・ユーラシア特別補助研究員のジェフリー・マンコフ氏は「シリアはロシア軍事産業とおよそ4億ドルを超える軍事契約を交わしている」と言います。米国の傀儡であるイスラエル軍がアサドのシリア軍を爆撃した直後、ロシアはS−300ミサイルをすかさずアサド政権に供給しました。

しかし「フォーリン・アフェアーズ」9月号に「プーチンとシリア―彼はいかにオバマを孤立させ、それを利用していくか」を上梓した、ブルッキングス研究所シニアフェローのフィオナ・ヒル氏による「プーチンの目的はアサドを助けることではない。彼は、ロシアの北カフカス地域の過激派とのつながりを持つテロ集団が、シリアのアサド体制に対する攻撃をやめて、槍の矛先をロシアのターゲットに向けることを警戒している。」という分析もあります。

ロシア政府は革命や戦争、独裁政権の変化が安定をもたらすとは信じていません。その証拠として、エジプト政変ですぐに転換期を迎えたアラブの春や、わずか2年前まで米英など外国兵4800人以上の死者を出すなど泥沼化が続いた、米国主導のイラク戦争を、ロシア政府はしばしば指摘するのです。

オバマ米大統領 シリア反体制派主力のアルカイダ利用か

シリアのアサド大統領が軟化し、ジャミル外相から停戦提案を出すとの意向が国際社会に伝えられている中、オバマ米大統領にとって、反体制派の主力と目されるアルカイダ系のアル・ヌスラ戦線などのテロ組織による攻撃は「ジュネーブ2」実現には極めて大きな障害となっています。

シリア武力攻撃を回避できたのはプーチン氏の手柄であり、オバマ氏は国連総会の一般演説で何らかの成果を上げなければ米国内外問わず、その支持率は急落してしまうでしょう。一時は限定的武力介入が取り沙汰され、オバマ氏とマケイン氏とともに会談した、リンジー・グラハム上院議員は「あの残忍な独裁者のアサド大統領を引きずり降ろそうとしているのは、シリアに駆けつけたアルカイダの他を除いていない。」とまで当時、語っていました。

しかし、多数の異なるシリア反乱軍が、イラクで米軍を殺した責任を問われているアルカイダ系列の、まさにそのアル・ヌスラに忠誠を誓っているのです。9.11の首謀者だったテロリストたちも、9.11以前に米国中央情報局(CIA)によって育成された後に、故オサマ・ビン・ラディンを長とするアルカイダを組織してテロを実行しました。ご承知のように、米国は対テロ対策を叫びながら、今回のシリア内紛でも反体制派のアル・ヌスラに武器供与を行ってテロリストを育成するなど、ダブルスタンダードを続ける矛盾にまみれています。

さらに米国にとって分が悪いことに、「アル・ヌスラが化学兵器であるサリンを製造している証拠があると推定した」とドイツ諜報機関長官が9月上旬になって報告しました。以前にも今年5月にアル・ヌスラのトルコの拠点が摘発され、化学物質が押収されたという報道も一部されています。「アサド政権側が使用した」との認識で化学兵器廃棄を進めている米国には耳痛いところ。

米国とイスラエルはシリア内紛を巡る対アサド、すなわちバックで支援の手ぐすねを引いているロシアとの外交駆け引きにおいて、アルカイダを利用したツケを払わされているのではないでしょうか。

米国の宥和を狙う 穏健派イランのロウハニ新大統領

国連総会の一般演説でもう一つ注視すべき国があります。イランです。イランは欧米諸国や国際原子力機関(IAEA)から核兵器開発の嫌疑が強く、特に米国とイランは1980年以来、国交を断絶しています。

「イランは穏健派のハサン・ロウハニ新大統領就任以降、重要な人気取り政策を仕掛けてきた。しかし、このことは単に経済圧力や制裁を軽減するために練られた戦略的妥協なのか、諸外国、特に米国との関係を変えるべくイランが移行した戦略なのか、まだ明確ではない。」「だが、ロウハニ氏が米国とのデタント(緊張緩和外交)を行うだろうことに疑いの余地はない」というカーネギー平和財団の見方もあるのです。

ロウハニ政権は、米国が傀儡にすべく狙って作り上げたシリア国民連合(SNC)に近づき、シリア軍と反体制派の仲裁をすると申し出ています。しかし、これを「懐柔策として我々を利用しようとしている」とSNC側は断固拒否。政治的信頼性がおけないと猛反発しています。

しかし、ロウハニ氏のデタントを成功させようとする立役者がいました。元イラン大統領のモハンマド・ハタミ氏です。彼自身の政権では逸した欧米諸国との外交関係改善を行うべく陰でロウハニ氏の肩を後押ししてきたのです。

英ガーディアン紙の報道によれば、ハタミ氏が仲介に入ったことによって500人の重要なイランのインテリ層や活動家がオバマ氏に書簡を送るという援軍を得たということです。その中にはオスカー賞受賞監督のアスガル・ファルハーディー氏も含まれています。その書簡には「イラン人は選挙でハサン・ロウハニ氏を選出する機会を勝ち取った。

結果として、我々は数人の投獄された政治囚の解放や相関的な成長とイランという国の公共的かつ政治的風土を目撃してきた。」と続き、「今度はあなた方(米国)の番だ。国際共同体の番だということだ。イランの親善に報いてほしい。そして、経済制裁を課すだけに終始せず、ウィンウィンの戦略を追求すべきではないか。」と綴られています。彼らの思いを背負って、ロウハニ氏は国連総会でオバマ氏に接見しようとしているのです。実現すれば、1979年のイラン革命以来、実に約35年ぶりの国交が叶うことになります。

いかがでしたか?複雑化したシリア情勢を巡る各国の外交駆け引きの思惑を理解する一助になったでしょうか。日本の安倍首相も国連総会で、ついに200万人を超えたシリア難民問題に関する一般演説を行います。日本にとっては、遥か異国の中東情勢だと思えることが、昨今取り沙汰されている集団的自衛権の範囲を米国以外にも適用するとの案も議論の遡上に上がっていますね。

そうなれば、尚更私たちにとってもシリア情勢は決して無関係なことではなくなります。「シリア周辺国のヨルダンでは最初無料だった仮住まいさえも、物価高騰で賃金を払えずに失ったホームレス難民も散見している」と語った「JIM-NET」の佐藤真紀事務局長を始めとする多くの日本のNGO関係者が命がけでシリア難民の居住支援や教育、医療支援を今も現場で行っているのです。

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