今一度従軍慰安婦問題を考える。「日韓の政治的問題」となおざりにして欲しくない 元従軍慰安婦当事者の証

日韓両政府は、従軍慰安婦問題を初めとする歴史認識問題や竹島を巡る領土問題を巡って、外交関係がすっかり冷えきっています。昨年7月から米国カリフォルニア州の韓国系移民団体「加州韓米フォーラム(KAFC)」によるグレンデール市中心部にある市立公園に、慰安婦像の設置を韓国は行うなど物議を醸してきました。

今年1月には米国でインターネットを通じ、「この慰安婦像を撤去してほしい」というホワイトハウスへの嘆願署名が30日以内に10万件も記録しました。(「ザ・ジャパン・デイリー・プレス」2014年1月3日)

翌2月には米国籍を持たない在米日本人らで作る「歴史の真実を求める世界連合会」が市に像の撤去を求めて連邦地裁に訴訟を起こしました。ここには女性有志中心に作られた正しい歴史を次世代に繋ぐネットワーク「なでしこアクション」メンバーの一人も参加しており、韓国の慰安婦像設置を巡る活動は豪州まで及んでいる模様です。

韓国人慰安婦は、日本よりも一枚上手をゆく韓国外交にうまく利用されているのではないでしょうか?こうした中、日韓両政府は外務省の局長級協議をソウルで行うことで合意。4月16日のソウルでの開催をNHKが4月13日に報じました。

今回は、各地で日韓外交問題について激しい議論が交わされる中、ほとんど聞こえてこない元日本人慰安婦の証言にも耳を傾け、今一度従軍慰安婦問題とは何なのか?検証してみましょう。


証言調査記録難解でも「慰安婦は自ら進んで売春していない」

「中央日報」(2014年2月20日)によると、太平洋戦争末期の1944年、中国雲南省松山には駐留していた日本軍第56師団のために設置された23カ所の慰安所があったそうです。そこでは韓国や中国から連れてこられた慰安婦をテーマとする映画「黎明の眼」制作が行われており、元俳優の呂小龍監督がメガホンを取っているといいます。

呂小龍監督は中国中央放送(CCTV)のインタビューに対し、「日本人慰安婦は金儲けのために自発的に行き、中国と韓国の女性は強制的に連れて行かれたり、だまされて行った」などと答えています。

しかし、果たして全ての日本人慰安婦における状況認識の真偽は確かなものなのでしょうか?歴史学者の秦郁彦氏は自著「慰安婦と戦場の性」(新潮社)の中で済南駐屯の第五十九師団の榎本正代伍長の証言として、次の逸話を記録しています。「一九四一年のある日、国防婦人会による<大陸慰問団>という日本人女性二百人がやってきた・・・・・(慰問品を届け)カッポウ着姿も軽やかに、部隊の炊事手伝いなどをして帰るのだといわれたが・・・・・皇軍相手の売春婦にさせられた。

“目的はちがったけど、こんなに遠くに来てしまったからには仕方ないわ”が彼女らのよくこぼすグチであった。将校クラブにも、九州の女学校を出たばかりで、事務員の募集に応じたら慰安婦にさせられたと泣く女性がいた。」

現代朝鮮研究者で東京基督教大学教授の西岡力氏は自著「闇に挑む!」(徳間書店)の中で「(元慰安婦の証言)調査を検討するにあたってとても難しかった点は、証言者の陳述が理論的に前と後ろが合わない場合がめずらしくなかったことだ」とし、「調査者たちをたいへん困難にさせたのは、証言者が意図的に事実を、歪曲していると感じられるケースだ」との安秉直 ソウル大学教授の述懐を綴っています。

しかし、こうした男性の視点から捉えた見方で果たして「歪曲」なる解釈をしていいのか疑問が残ります。女性国際戦犯法廷主席検事のパトリシア・ビサー・セラーズ氏(*注1)は「実のところ、(慰安婦の女性達が)受動的に応じることはしばしば、身体的、精神的に生き残るための最良のまたは唯一の手段であった」(判決653)と述べ「(むしろ)それは性的攻撃に対する全く合理的で、しかもしばしば避けられない反応である。」(判決655)に触れ、「性行為への外見上の默従、抵抗がなかったこと、当初の同意があったとしても、法的には無関係。奴隷状態にあってはなおさらだ。」と指摘しています。

1998年の国連人権委員会のマクドゥーガル報告書は、下記の4つの国際法違反から日本政府を訴追できるとしていました。VAWW-NETジャパンや歴史学者で中央大学商学部教授の吉見義明氏らも違反としているのです。

1:従軍慰安婦制度はニュルンベルク国際軍事裁判所憲章第6条(1945年)c項によって、戦争中に文民に対して行われた「人道に対する罪」と「奴隷化」違反
2:ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)違反
3:拷問禁止条約違反
4:戦争犯罪としての「強姦」の罪

朴槿恵氏の父・朴正煕政権時代に韓国政府が売春女性を慰安婦と呼び管理

実は韓国野党民主党の兪承希(ユ・スンヒ)議員が2013年11月6日に行われた女性家族省の国政監査で朴槿恵(パク・クネ)氏の父である「朴正煕(パク・チョンヒ)元韓国大統領が米軍慰安婦施設を管理し、女性達を『慰安婦』と呼んでいた」と女性家族省の趙允旋(チョ・ユンソン)長官に質疑を行いました。

趙氏といえば、今年1月にフランスで開かれたアングレーム国際漫画祭で日本による慰安婦問題を指弾した「反日政治家」の代名詞。兪議員は「1977年基地村浄化政策『(大統領)閣下留保分特別基金』から支援措置」などと明記された国立公文書館に当たる国家記録院から提出を受けた資料を議場に提示しました。

「1962年11月、(売春行為を禁ずる)淪落(りんらく)行為等防止法が制定されていました。ところが、基地村における売春が合法というレベルを超え、国が非常に組織的に主導していたという証言と証拠があります。」と、兪議員は同文書を趙氏に突きつけ、「書面の右側上段に大統領の欄があり1977年5月2日付で署名があり、朴正煕大統領の直筆とされています。基地村浄化政策に、大統領のサインがあるのです。」と追及しました。「産経新聞」(2014年2月22日)

兪議員は各地の基地村の女性を強制的に収容する「性病管理所」があったとし、関連する条例や登記簿謄本を公開して「基地村の女性は(慰安婦となった)当時、政府関係者から直接依頼を受け、米軍を慰安してドルを稼ぐ愛国者と何度も誉められたと話していた」という支援団体の関係者による証言を挙げています。

これに対し、趙氏は「(慰安婦)密集地域の女性に対し、売春の被害者の女性に行うリハビリ支援をしていく」と回答していましたが、「毎日新聞(1993年5月20日)」によると、韓国政府は元従軍慰安婦の女性たちに対し、従軍慰安婦生活支援法案を21 年も前の1993年に成立しています。

「読売新聞」(3月30日)によると、同法案は同年3月の従軍慰安婦被害者救済策基本方針に則り、被害者(計140人が申告/当時)に対し、生活保護基本金として500万ウォン(1ウォンは約0.15円/当時)程度を支給。さらに生活支援金として毎月20万6000ウォン程度(当時)を支給するなどの内容でした。

韓国政府は約21年も前から自国の元従軍慰安婦の被害者に対し、補償を行うという史実がありながら、一方では大統領が慰安婦を徴集し、奴隷化していたことになります。しかし韓国の元慰安婦の当事者がかほどに隠したいであろうはずの過去の痛みを声高に叫ぶのに対し、元日本人従軍慰安婦の声はなぜ聞こえてこないのでしょうか?

■ 元日本人慰安婦の城田すず子さん手記「マリアの讃歌」証言

房総半島の千葉県館山市に、街中から少し離れた小高い丘を登った先にひっそりと佇む白い建物が見えます。「かにた婦人の村」。1965年の売春防止法成立を受け、障害のある元売春婦が長期間生活する施設として、故深津文雄牧師が設立した婦人保護長期収容施設です。

ここで20年近く暮らし、1993年に亡くなった城田すず子さん(仮名)は世界で初めて従軍慰安婦としての自らの経験を1971年に発表した手記「マリアの讃歌」(日本基督教出版局)で証言した唯一の日本人慰安婦の方です。城田さんは同僚の慰安婦たちの悲鳴が夢に出てきて、うなされると、1984年に故深津牧師へ手紙をしたためていました。

「終戦後40年にもなるのに、日本のどこからも、ただの一言も上がらない。兵隊さんや民間の人のことは各地で祀られるけれど、中国、東南アジア、アリューシャン列島で、性の提供をさせられた女性達は、散々もてあそばれて、足手まといになったらおっぽりだされ、荒野をさまよい、凍てつく寒さで食もなく、野犬か狼の餌食になり、骨はさらされ土になった。

兵隊さんは1回50銭か1円の切符で列を作り、私たちは次の兵隊さんが来る前に自分の性器を綺麗にする暇もなく相手をさせられ・・・何度、兵隊の首を絞めようと思ったか、半狂乱でした。死ねばジャングルの穴に捨てられ、親元に知らせる術もない有様です。それを私は見たのです、この目で、オンナの地獄を。」

故深津牧師は翌年、「鎮魂の碑」と墨書したヒノキの柱を建てましたが、それが話題となり、全国から集まった寄付金で1985年に「噫従軍慰安婦」石碑を建立することができたそうです。

「チャイナデイリー」(2007年7月6日)によれば、城田さんを看取った施設長の天羽道子シスターは次のように述べていたと言います。「名乗り出て国に恥をかかせるな!という無言の圧力があるのです。だから誰も名乗り出ていないのです。ですが、城田さんは自分の体験を語った最初の元日本人慰安婦です。彼女の体験が証拠なのです、日本政府に対する異議申し立てなのです。」

同市で団体向けに、慰安婦碑を含めた館山市の戦争遺跡に関する平和学習ツアーを実施しているNPO「安房文化遺産フォーラム」によれば、「城田すず子さんの証言の声が初めてあがってから、韓国のKBSテレビが取材に来て、アジアの女性たちが徐々に声をあげるようになっていったのです。」とのことでした。

いかがでしたか?東京大学名誉教授の上野千鶴子(*注2)氏は、慰安婦問題は慰安婦を巡るパラダイム転換という認識論の問題であるとし、問題は事実の認定ではなく事実の問題化であるとしています。即ち慰安婦とは売春婦であるという男性中心主義的認識から、国家による被害者というジェンダー的認識への転換である。

1990年初期に起きたのはこうした認識の変化であると位置づけています。背景には1980年代の韓国の女性運動と世界的なフェミニズムの動きがあり、この時期に韓国人慰安婦だった金学順(キム・ハクスン)氏が名乗り出たのはその現れだとしているのです。

強制連行の有無を争う国の責任の所在追及に終始する政治的な問題として、反日運動に抗しようとする外交交渉にばかり目を奪われず、城田さんのような歴史の闇に泣いた日本人慰安婦の方がいたという痛ましい証言から目を背けずにまずは知ること。そして同じ日本人としての個人の考えをアジア国籍の友人たちと議論して民際外交を図ることを第一歩としてみてはいかがでしょうか?

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*注1:女性国際法廷から10年国際シンポジウム 基調講演 「女性国際戦犯法廷の10年(2000年〜2010年)判決の意義と市民社会の責任」資料
*注2:シンポジウム:ナショナリズムと「慰安婦」問題 日本の戦争責任資料センター編 青木書店 2003

    
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