北大生イスラム国(ISIS)志願兵事件。私戦・予備及び陰謀罪から考える「特定秘密保護法」施行後に脅か

2014年10月6日、警視庁公安部は、テロ組織「イスラム国」(ISIS)に戦闘員として参加する目的でシリアへの渡航を企てたとして、私戦・予備及び陰謀罪容疑で、北海道大学生の男(26)=休学中=から任意で事情を聞き家宅捜索しました。また、これを手引きしたとみられるフリージャーナリストの常岡浩介氏宅も家宅捜索し証拠品を押収するという事件が起きました。

これを受けて2014年10月28日に東京都内でフリージャーナリストの常岡浩介氏と警察事情に詳しいフリージャーナリストの寺澤有氏による「北大生イスラム国(ISIS)志願兵事件の真相!」緊急集会が開催されました。駆けつけた参加者は約50余名。今回はその模様をレポートします。


北大生イスラム国志願兵事件の経緯

遡ること2014年7月26日から29日、イスラム法学者で元同志社大学教授の中田考氏から、フリージャーナリストで、自身もイスラム教徒の常岡浩介氏に「シリアに戦いに行こうとしている日本人がいる。」とのメールが届いたと言います。

イスラム教に精通した仲間内で「大司教」と呼ばれる秋葉原の古書店店主がシリア志願兵の求人広告を出したことで、それを見た北大生が大司教経由で中田氏のもとに辿り着き、7月31日に常岡さんに引き合わせられたのだそうです。

8月5日に中田氏が航空券を買うことになっていたところ、実際には北大生らに同行取材する予定だった常岡氏がトルコの首都イスタンブール行きのチケットを購入。
この際、これからシリアへと向かう抱負などを取材するため、カメラを回して北大生らのインタビューを撮影した常岡氏は「ミリタリーオタク的な話ばかりで、シリアについて何の知識も持っていなかった。改宗するにあたり、礼拝の作法もイスラム教の認識も持っていない。」という印象を受けたと語りました。

10月4日に本格的な打ち合わせをした中田氏と北大生、常岡氏でしたが、出発日の離陸3時間前になって、「パスポートを盗まれたので行けない」と連絡があったといいます。

「北大生は学業も友人も家族も全て投げ捨てて東京に出てきたのでそれなりのシリア行きの覚悟があったことはあったと思う」と常岡氏。

中田氏は、90年前にオスマントルコが廃絶させて現在「カリフがいない」ということに問題意識を持っている学者だそうです。「カリフ制度」(イスラム教の予言者の代理人で、イスラム共同体の行政を統括して信徒にイスラムの義務を遵守させる役割を担う制度)を復活させるという、イブンタイミーヤ思想に深く共鳴しています。イブンタイミーヤとはシリア生まれのイスラム教ハンバリー派の聖法学者・神学者で、その思想は近現代の復古主義的イスラム改革運動の源流となっています。中田氏はカリフ制度を最高位とするサラフィー主義者でイスラム教スンニ派教徒です。
常岡氏はこれまで

  1. 2013年9月
  2. 2014年1月
  3. 2014年9月5〜10日まで

の3度に渡るイスラム国(ISIS)取材を実現させてきました。現地語の話せない常岡氏にとって、アラビア語に堪能で、イスラム教の思想信条にも精通している中田氏はうってつけの取材同伴者だったのです。

ところで、今なお欧米の戦場ジャーナリスト達がイスラム国(ISIS)取材に向かって領土内で次々と処刑されたり、プロパガンダに逆利用されている中、そもそも常岡氏はなぜ、イスラム国(ISIS)へ自由に取材に行けるのでしょうか?

常岡氏によれば「(ロシアの)チェチェン人のゲリラの取材をしていたため、そのチェチェン人に紹介されただけで西側の人間としてなぜか唯一イスラム国に入ることができた。密入国は川を渡って行く。辿り着いたイスラム国(ISIS)の支配地域で、その幹部のオマル司令官に手厚く接待を受けた。」そうです。

その後テロリストの主戦場に肉薄していく中で常岡氏は、イスラム国(ISIS)の支配地域で、同じイスラム国(ISIS)の検問に身内の戦闘員にも拘わらず引っかかるなど、その指揮系統は全く体を成していなかった感が否めない場面にも遭遇したこともあったと言います。

こうした取材経験をもつ常岡氏は今回の北大生同行取材の計画を立て、10月7日に4度目のイスラム国(ISIS)入りを果たそうとしていました。ところが渡航の前日10月6日になって警視庁公安部外事第三課が「私戦・予備及び陰謀罪」なる刑法93条の罪状違反で常岡氏に家宅捜索を行い、それまでの常岡氏の取材記録や道具、リソースなどを一切合切警視庁に奪われてしまったのです。

「完全なる取材妨害であり、報道の自由を保障する憲法21条違反だ。」と常岡氏は憤ります。「刑法93条で定められた私戦・予備及び陰謀罪の『私的に』には『国かそれに準ずるものの国として承認された外国を攻撃すること』に該当しない。シリアのアサド政権に至っては、もはや日本ではシリアを国として承認していないのだから。」と常岡氏は現在もなお、任意の事情聴取に対し、「違法行為に応じる訳にはいかない」と拒否しているそうです。

「そもそも、2003年に組織再編して(第2次小泉内閣)法務大臣(野沢太三氏当時)は警察・検察改革ができず終いでした。国連加盟国として、国連安保理決議の「義勇兵を新設する」という義務を負うべき立場に立たされた日本政府は当時、新しい法律を作らなかった。そうなると、既存の法律を使うしかない。それが私戦・予備及び陰謀罪という法律だった。」と常岡氏はみているのです。

警視庁公安部外事第三課とは?

警視庁公安部外事課には下記大別して3つの課があり、それぞれ対象となる国の情報収集と捜査を行なっています。

  • 外事第一課:ロシア、東欧のスパイ
  • 外事第二課:東アジア、特に中国、北朝鮮のスパイ
  • 外事第三課:国際テロ、中東、特にイランのスパイ

警察事情に詳しいフリージャーナリストの寺澤有氏は、外事第三課の「情報収集能力のなさ」を指摘しました。
「外事第三課は過去に捜査員とイスラム教徒の個人情報を流出させるという人権侵害の不祥事を引き起こしている。警視庁が最も恐れていることは何か。察回りの記者に叩かれて『外に敵がいて失敗した』というケースよりも、『内部の失敗が原因で組織改革が必要だ』ということを彼等は恐れている。中東側の組織構成力、情報収集力があまりにもない。今回の(常岡浩介氏の)家宅捜索をすることで、(外事第三課は)情報収集術と成果を横取りしたのではないか。」

北大生の事件だけに目を向けると、シリアのイスラム国領地へ渡ろうとするその動機などを聞くだけでは、落胆させられるような希少価値の低いニュースに一見思えますが、フリージャーナリストの寺澤有氏が指摘したのは、「1995年の警察庁長官國松孝次狙撃事件」でした。寺澤氏はこの事件を挙げて「そもそもあの事件の時ももっと早い段階で(供述から)捜査が動いていれば、オウム真理教関係者の逮捕にも繋がっていたところを、10年近く経って(2004年7月7日に)突然、逮捕とかやるのが公安の体質。」とした上で、常岡氏の今後の取材活動に与える影響を考えると、

  1. 警察の言う通りにしなければ逮捕
  2. 押収した証拠品の中に犯罪になり得るものがあれば逮捕、拘留
  3. 拘留中にテロ情報を提供する協力者にならないかと警察側が依頼してくる

上記の3つのカードを外事第三課が握っていることが考えられると言いました。ジャーナリストが警視庁に身体拘束され、情報不発信の状態に追い込まれ、リークで真実が隠されると、寺澤氏が共闘する警察と闘う堀敏明弁護士が盛んに訴えている「特定秘密保護法」施行後の報道規制リスク予想図が現実味を帯びてきたと問題視していました。
一方で、第187回臨時国会会期中の2014年10月24日の衆議院法務委員会で民主党の郡和子議員がこの常岡氏の件で「ジャーナリストへの強制捜査の是非」について質疑し、警察庁への追及を行なっています。これに対し、警察庁長官の米田壮氏は「証拠品が複数箇所にあったから」と答弁しました。郡議員はさらに本件の特定秘密保護法との関連も問題視。「国連自由人権規約委員会から表現の自由、知る権利に十分配慮すべきだと勧告がきていることにも留意すべき」と釘を刺しました。現職国会議員が国会でこの私戦・予備及び陰謀罪を取り上げたこと自体に大きな意味があるのです。

事件当事者秋葉原の古書店店主が緊急集会でカミングアウト

この常岡浩介氏と寺澤有氏の「北大生イスラム国志願兵事件の真相」トークセッションは夜も更け、終わりに近づきそうでしたが、これだけでは終わりませんでした。
なんと、質疑の時間に一番最初に挙手した男性が「私が件の『大司教』です。」と求人広告を出した秋葉原の古書店店主張本人だとカミングアウトしたのです。

古書店関係者は常岡氏の説明ではどうにもうさん臭い印象しか筆者は受けませんでしたが、張本人が語り出したことで、その疑惑の人となりが一変します。
秋葉原の古書店で「求人広告」を出した「大司教」なる店主は東大数学教養学部を中退している人物で、「あの求人広告を出した意味を説明することは難しい」としながらも、理路整然と語り始めました。

まず、「大司教」氏と北大生は警察からマークされて9割9分盗聴されていたことは間違いないと「令状」が出た時点で認識していたことを明らかにしました。
常岡氏自身も、9月21日以降、Googleのアカウントに侵入された形跡があり、メール、ネットの盗聴が成されていたことを自覚していました。

北大生らと共に事情聴取を受けていた大司教氏は、「調書には一つも署名押印していない」とのこと。その上で「リークされてると話したら、公安のリークは止まった。逆に北大生に渡した金額についても偽情報を流すなどしていて、事情聴取の際に公安を追及したら、公安は言い逃れを始めた。」と言います。

「朝日新聞」(2014年10月22日)の報道によれば、10月20日に都内で新たに家宅捜索した先で捜査関係者は「シリアへ渡航」と書かれた封筒などを押収したとしています。しかしこれは常岡氏が家宅捜索されて押収された時と同じ「偽造証拠品」であり、「封筒には『シリアへ渡航』とは書かれていなかった」と大司教氏はみていました。

寺澤氏がこれを受けて、「警察は証拠になりそうなものを置いていったり、搾取、証拠の偽造を逮捕の決め手とすることが常態化している。しかし、東京地裁のまともな裁判官が令状を出しているのだから、20日の捜索の時、2回目の令状に『シリア・アラブ共和国に対する攻撃』という具体的な国名を書いているのなら、これは立件できると公安が思っているからだとしか考えられない。」と指摘しました。

大司教氏は事情聴取を受けるにあたり、「かなりのレベルで録音しているし、『頼むから善良な一市民として協力したいから刑法93条と構成要件の解釈について説明して下さい。そうしないと何も喋れませんよ。』と言っているのに公安は一言も話さないから警視庁の別の窓口を通して怒ったら10月23日を最後に事情聴取をされなくなった。」と語りました。

寺澤氏によれば「逮捕して起訴しなくても起訴猶予とすることで、今後常岡君が国賠訴訟を起こすことになった時に、違法性はないものとする対策を公安は固めている。」とのこと。

「公安は国賠対策で捜査している大学(という事例)を作ろうとしているのか。」と常岡氏。
北大生の父親が明日にも公安を訴えようと様々な証拠をかき集めて防御しながら反撃しようとしているといいます。北大生は公安によって家族から実質8時間分離されているのだそうです。大司教の知人で法律に詳しい人を北大生のバックにつけておいたとか。

しかし9月上旬に右翼の大物と目される長谷川光良氏が大司教に接触。真実を明らかにするよう迫ったといいます。
公安は北大生が言ったことを構成要件とする流れで、これまでに私戦・予備及び陰謀罪には前例となる判例がないことから、大司教氏は「一審が有罪、二審が無罪ということまで予測を立て、公安が起訴に持ち込めることを当然視していると踏むところまで法廷闘争の準備を進めている」とも語りました。

ここまで黙って聞いていた寺澤氏は「このままいけば、常岡君は間違いなくパクられますよ。もちろん外から応援しますが」と断言。
常岡氏は今、国境なき記者団に「亡命先を紹介してもらおうかと考えている」と真面目に語っていたほどです。

寺澤氏は「特定秘密保護法に対し、国民にどれだけ反発が起きるのか。この事件は過去に前例のない憲法21条ジャーナリストの報道の自由を侵害する憲法判例百選に載ってもおかしくないくらいの(希代の)事件。秘密保護法が施行されたら、今後も間違いなくジャーナリストに対する取り締まりの起訴理由は闇から闇へと葬られるでしょうね。」と皮肉りながらも、本件の重大さに警鐘を鳴らしました。

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