ユーゴスラビアが持っていた数字の理念

かつてユーゴスラビアという国家が存在しました。南欧のバルカン半島に位置し、国内には複数の民族、宗教が入り組んで存在していました。チトーというカリスマ的な指導者が永年大統領に君臨することで、国家としての威厳を保っていました。

さらに、当時の世界は資本主義をかかげる西側陣営と、社会主義政策を掲げる東側陣営の二つに分かれていました。ユーゴスラビアは社会主義を標ぼうしていましたが、東側陣営の中心であったソビエト連邦とは距離を置き、西でも東でもない第三の外交路線を模索していました。

一見、理想的な国家に見えたユーゴスラビアですがチトーの死後、内紛が発生し、やがて国家は次々と分裂していってしまいます。


数字の理念

ユーゴスラビアを現す言葉で複数の数字の理念というべきものがありました。それは7つの国境、6つの国家、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、そして1つの国というものです。

国境はイタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、アルバニアの7つとなります。

国家はスロベニア、クロアチア、ボスニアヘルツェごビア、セルビア、モンテネグロ、マケドニアです。

さらに民族は、スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、モンテネグロ人、マケドニア人となりますが、さらに周辺国の民族も多く流入していました。

4つの言語はスロベニア語、クロアチア語、セルビア語、マケドニア語です。3つの宗教は、カトリック、正教、イスラム教となり、2つの文字はラテン文字とキリル文字となります。

これだけバラバラの国家が一時期の間とはいえ一つになっていたのは奇跡的とも言えるでしょう。

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