イスラム国(ISIL)邦人人質殺害予告事件から考える 対テロ情報戦略術

2015年1月22日イスラム過激派組織イスラム国(ISIL)が日本人2人を人質に取って2億ドル(約236億円)もの身代金を72時間以内に支払わなければ殺害すると日本政府を脅迫してから約1週間が経過しました。

日本政府のヨルダン現地対策本部を通じた不眠不休の外交努力で、フリージャーナリストの後藤健二氏(47)の人命救助に今尚全力が注がれています。しかし、この間、2015年1月24日の日本時間深夜、無念にも民間軍事会社代表の湯川遥菜氏(42)は殺害されてしまいました。その後のインターネット動画で、イスラム国は身代金要求の代わりに、ヨルダン政府に収監されている仲間の女テロリスト、サジダ・アル・リシャウィ死刑囚の釈放を要求しました。

これを受けてヨルダン政府は現在イスラム国に拘束されているヨルダン人パイロットのモアズ・サフィ・ユーセフ・アル・カサスベ中尉とリシャウィ死刑囚との交換を条件にイスラム国と交渉。1月28日日本時間午後11時頃、イスラム国の公式メディア「ダービック」は「日本とヨルダンの両政府は人質の交換に合意した。解放は数時間以内に行われる見通しだ。」と伝えました。

しかし、後藤氏についての言及はなく、イスラム国側が新たに後藤氏の命のタイムリミットをリシャウィ死刑囚解放までの24時間以内だとしていた期限はとうに過ぎています。

日本政府は今回の邦人人質事件において、対テロ情報収集力や発信力の面で劣っていることを露呈したのではないでしょうか。今回はまずはイスラム国の最近の動向分析を踏まえ、対テロ情報戦略術を紐解いてみましょう。

ナポリオーニ氏「イスラム国の権力を認識し外交関係を」

対テロ人質解放を巡る交渉において、重要なのは身代金を支払うことではなく、「イスラム国との間に確かな外交関係を確立することであり、認識すべきはその権力の方だ」と指摘するのは、「イスラム国 テロリストが国を作る時」著者のロレッタ・ナポリオーニ氏です。

ナポリオーニ氏は”The Real News”に出演した際の動画配信を自身のTwitter(2015年1月26日)でツイートしています。

今なお続くシリア内戦が世界を席捲していた2013年、サウジアラビア、カタール、クウェートなどの湾岸諸国は、こぞって反アサド政権だったイスラム国の前身となるテロ組織に資金調達を行っていました。アサド政権がとてもイランと近しく強いパイプを持っていたためです。「(これらの)協力関係はイスラム国との間で今だに続いているのか?」との同番組司会者の問いに対し、ナポリオーニ氏は次のように語りました。

「クウェートではイスラム国に共鳴している人々がいまだにいることは確かですが、サウジアラビアやカタールは全く違います。今やイスラム国はこの資金を彼らの征服戦争を通じて必要としていない。2012年からは(油田や水源などの)支配地域の資源を制御するために管理してきました。すなわちイスラム国は金に依存していないのです。」

イスラム国はシリア最大のオマル油田と、これとは桁違いのイラクのキルクーク油田を押さえたことで大きな資金力を持ったという背景があります。

また、イスラム国が人質に取った45人のトルコ人外交官を解放した実績のあるトルコについてもナポリオーニ氏は言及。「イスラム国が勢力圏としている地域はトルコの国境上にあり、またイスラム国入りを志願する人々が殺到している国だし、シリアから逃れてくる難民によってトルコ北部は不安定化することが必至です。」とした上で、「トルコは治安を維持しようと試みているし、その時ついに無論クルド人の役割が求められるのです。クルド人はイスラム国との戦いに巻き込まれてきたし、もちろん今や西側諸国によって資金援助されているし、我々は欧州人とまた米国人についても語っています。」と述べました。

イスラム国は資金有?無?内部でも繰り広げられる情報戦

イスラム国は資金に困っていないとする見解がある一方で、戦場カメラマンの渡部陽一氏はTBSラジオ「荻上チキのSession22 知る→分かる→動かす」(2015年1月22日)に出演し、「イスラム国の力が落ちてきていると感じる。」と語りました。「欧米からやってきてイスラム国の戦闘員として働き、イスラム教徒と同じように給料をもらうはずが、もらえない。その結果、イスラム国から脱退しようとする外国人が見つかってしまい、その場で殺されてしまうというケースが目立ちます。」また、イスラム国内の危機管理に対しても「誰が味方で、誰が敵なのか現地の方でも分からない。」と少しでも不利な情報を互いに流し合い、イスラム国内でも裏切りのような情報戦が繰り広げられていることを明かしました。渡部氏は「2003年のイラク戦争で情報を持った部隊が優勢に立つという当時やられた同胞の報復として、外国人を拘束して殺害する標的を米英仏に絞り込んでいる向きがある。」と強調したのです。

安倍首相は後藤氏を生かす価値のある重要な人物と発信せよ

2015年1月24日の「産経新聞」によれば、石破茂地方創生担当相はテレビ東京の番組で、イスラム教スンニ派過激組織イスラム国が邦人人質を殺害脅迫予告した事件を受け、対外情報機関の創設を検討すべきだとの考えを示した。「情報収集する組織をきちんとつくることに取り組むかどうかだ。早急に詰めないといけない」と述べたと報じました。自民、公明両党は昨年4月、特定秘密保護法に基づく政府の秘密指定をチェックする国会機関の制度設計を検討するプロジェクトチームで、対外情報機関の創設に向けて協議を進めることを確認している、といいます。

ジャーナリストの池上彰氏は「日本は、軍事大国にならないというのであれば、その分、インテリジェンス機関をつくって、きちんと機能させなければなりません。」と今回紹介する書籍「新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方」(文春新書)の中で投げかけ、元外務省主任分析官の佐藤優氏が「賛成です。ただし、インテリジェンス機関をつくることと特定秘密保護法は、実はあまり関係ありません。あれは、官僚が政治家から情報を隠すための法律ですから。」とこれに応じています。しかして首相官邸前で特定秘密保護法撤廃を叫び、デモをする市民たちは戦争準備法案の一部と認識しています。

2015年1月27日から国会では代表質問が始まり、民主党・前原誠司衆院議員の質疑によって、安倍首相の答弁から昨年8月に湯川遥菜氏、11月の時点で後藤健二氏が行方不明になっていることを政府として把握し、直後にヨルダンに対策本部を設置して情報収集や協力要請を進めてきたことが明らかになりました。

ではなぜ、安倍首相は後藤氏ら邦人人質の水面下の交渉を行っていたにも拘らず、トルコを除外してあえて「親米—イスラエルの手先」とイスラム国を刺激するような中東歴訪を行ったのでしょうか。

「週刊朝日」(2015年2月6日号)に「イスラム国人質事件 命の重さはダッカ事件の時代と変わったのか」という記事を寄稿した政治ジャーナリストの田原総一郎氏は「1977年9月に、日本赤軍による日航機ハイジャック事件、いわゆるダッカ事件が起きたとき、当時の福田赳夫首相は『人命は地球より重い』として600万ドル(約16億円)の身代金を支払い、服役中の赤軍派の人間を釈放した。そして諸外国から“弱腰だ”と批判された。」という過去の事例を挙げています。その上で、今回の事件と対照させ、「福田首相の時代とは状況が大きく変わった。2億ドルを支払うことは、アメリカ、ヨーロッパ、そして中東の、イスラム国と戦っている国々に対する裏切り行為になるのではないか。」と、安倍首相の意図を見抜いていました。

「朝日新聞」(2015年1月28日夕刊)で、前述の佐藤優氏は「安倍首相は後藤さんに向け『日本国民はあなたとともにある。必ず救い出す』とのメッセージを出すべきだ。重要な人だと伝えることで、『生かしておく価値がある』と(イスラム国に)思わせる必要がある。」とのコメントを寄せました。すなわち、現安倍政権の本事件にあたる情報発信戦略の至らなさを暗に指摘し、模範を示したことになるでしょう。

今まさに、日本のみならず、後藤健二氏の救出に世界中が祈り、“I am Kenji”のプラカードを持って市民たちがデモを行い、全力をあげて一縷の望みをつないでいます。
そんな最中、安倍首相はNHK(2015年1月25日)のインタビューで、今回の邦人人質事件に触れて「このように海外で邦人が危害に遭った時、その邦人を救出するために自衛隊が持てる能力を十分に活かすことはできない。そうした法制も含めて今回法整備を進めていく」と語りました。

これは昨年7月の集団的自衛権の閣議決定を具体化する安全保障関連法案を与党協議などを経て、5月の連休明けに国会に提出するために後藤健二氏救出を大義名分に掲げて軍事国家への道をさらに拓かんとする安倍政権の暴挙ではないでしょうか。引き続き、暴走する安倍政権の動向をウォッチドッグしていく必要がありそうです。

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