DV加害男性がDVを治療するための考え方

身体的暴力や精神的暴力に関しては、子どもが泣きやまない、仕事上のストレス、帰宅時に妻が直ちに姿を見せないなど、DVのきっかけは何でもよく、「理由なき暴力」といえます。妻の側は何が暴力のきっかけになるか分からないため、常に脅えながら生活をおくっています。DV加害男性の言葉の影響もあり、それを予見できない自分に非があると自責したり、慢性的な無気力に陥ることも多いのです。もし、あなたがDV加害男性であれば、DVを治療するための考え方を知ってください。


DV加害行為に責任をとる

加害男性にとって、自分がパートナーの言動に影響を与えるという側面が視野に入っておらず、パートナーが自分にどのような影響を及ぼすかという一方的な関係となっています。男性のDVの克服プロセスには、パートナーとの関係が相互的な人間関係であることを理解することが必要です。DVが始まった時点で、夫婦や恋人関係の本来的なパートナーシップは破壊されたのであり、その破壊の担い手が他ならぬ自分自身であったことを認めなければなりません。これを認めるのは本当に恐ろしいことであり、それゆえにほとんどの男性はごまかし、相手に責任を向けてしまいます。

DVは犯罪である

加害男性のDV克服が「行動変容」という暴力行為の消失だけで済む問題ではなく、「加害行為に責任をとる」という側面が非常に重要であることを示しています。加害男性にとって、もう過去のことを持ち出されたくないし、これから自分は変わるのだから、それで十分ではないかという意識が強いものです。しかし、妻からの責任追及に正面から向き合うことに失敗すると、耐え切れずに暴力が再燃する可能性がある。パートナーと同居の場合や別居中で接触がある場合、「行動変容」の取り組みだけを実施していると、DVが再発しやすくなります。DV自体が犯罪であるのだから、「犯罪被害者と犯罪加害者が一つ屋根の下に住んでいる状況」、あるいは「犯罪被害者と犯罪加害者がしばしば接触する関係にある状況」に近いと考える必要があります。

「自分が暴力を二度としない」ではDVは克服できない

「自分が暴力を二度としない」と思っていること自体が、DVを克服するプロセスのまだ初期段階にいることを物語っています。暴力が生み出される内面のメカニズムを理解し、深く取り組みを進めた加害男性ほど、簡単には「自分が暴力を二度としない」と言えないことを分かっており、慎重になるものです。

暴力とは、それを受けた側にとって理不尽以外の何物でもないので、DVによって破壊された信頼を再構築するのは、容易なことではないことを理解しましょう。あなたの姿勢が受け入れられるかどうかは、パートナー側の選択なのです

「暴力克服の努力が認められない辛さを経験するよりは、最初から暴力のない家庭生活を作ることの大切さが身にしみた」

という内容をしみじみと語る男性もいる。妻との関係修復ができずに離婚しても、苦しめた相手から逃げずに正面から受けとめる姿勢を作ることは、その後の人生でDVを繰り返さないために、貴重な蓄積となるのである。

DV加害男性の4つの恐怖

DV加害男性の恐怖の感情は次の4つに集約できます。

1. 自己の無価値感・無力感に触れる恐怖
2. 内面の感情に触れる恐怖
3. 過去の加害行為の責任を直視する恐怖
4. ジェンダーによる自己補強を否定される恐怖

加害者はDVを貫く生き方によって相手の自由を奪ったり、恐怖によって相手をコントロールするという絶対的優位を築くジェンダー(男らさきの観念)によって、自己の内面の空洞化を補強してきました。DVからの離脱は、そのような補強手段の断念を決意しなければならないので、これはたいへん恐ろしいことなのです。

「過去の加害行為の責任を直視する際の恐怖」の問題。これは、相手に与えてきた取り返しがつかないほどの苦痛を全面的に認めてしまったら、今までの自分の人生の価値が崩壊してしまうほどの恐怖であり、あらゆる領域の加害者が共通してもつ恐怖です。DV、いじめ、セクシュアル・ハラスメント、医療過誤、性暴力など、全ての加害行為の根底にある恐怖です。自分の過ちを認めてしまうと、どうしょうもなく惨めな人間に成り下がってしまい、途方に暮れてしまいます。この恐怖は加害者が頑なに被害者の言い分を拒み、徹底した自己防衛を構築していく推進力となるのです。このことは被害者にとって耐え難いことです。同時に加害男性にとっても、自己否定や深い悲しみに動かされているのに気づかず、自己弁護と取り繕いの人生を貫くことであり、何も得るところはありません。プライドのために自らの間違いを認めないよりは、間違いを認めて、新しい生き方を創造することの方が、長い人生の中では深く納得できるはずなのです。

「加害行為に対して責任をとる」ということでの「自己認識」の目標は、間違いを間違いと認め、なすべき何かをなしつつあるという誇りを獲得することにあります。自分が間違っていることを認めてしまうと、とかく「自分は駄目な人間だ」という自己否定に陥るように感しますが、むしろ本来の責務を果たしている誇りを実感するよう方向づけることが重要です。

加害行為を正面から認め、「加害者としていかに生きるべきか」という世界観を構築することが重要なのです。DV加害男性はきちんとDVを認識しましょう

「DV加害男性への心理臨床の試み―脱暴力プログラムの新展開(草柳 和之)」の詳細を調べる

    
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